第14話 仄かな既視感

探索組が屋敷の奥へと進んでいった後、玄関フロアに静寂が戻っていた。

階段の一段に腰を下ろし、霞はちらりと隣に座る優を見る。


「……優、大丈夫? 体調、まだしんどいんやない?」


その声は珍しく柔らかく、気遣う色がにじんでいた。

優は少し間を置いて、ふっと息をついた。


「うん、さっきまで震え止まらんかったけど、今はもう落ち着いてきた。ありがとうね、霞」


沈黙が流れる。

そして、優がぽつりとつぶやいた。


「なんかさ……霞とは前にも、こうやって2人で一緒にいたような気がするんよ」


霞は少し驚いたように優を見た。

「この島に来たときのこと? たまたま同じ場所に飛ばされてきただけやけど……しかも私、人見知りやから、最初ほとんど話せんかったやん」


優は笑みを浮かべて首を振る。


「ううん、ちゃうくて……もっと前。霞とは、もっと前から一緒にいたような気がするんよ。変やんな? この島で初対面のはずやのに。……同じ関西出身やからかな?」


霞は一瞬だけ戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに目を細めて小さく微笑んだ。


「変やないよ。……私も優を初めて見た時、なんか不思議と“初めて”って感じせんかったし」


優は目を伏せて、少しだけ眉を寄せる。


「この感じも、島のことと関係あるんやろか……」


霞は優の言葉を受け止め、ふと入口の方へと視線を向ける。


「……きっと、そうやと思う。でもな。なんとなくやけど――この8人で会えたこと自体、運命というか、幸運やったんちゃうかなって」


「ふふ……そうやね」

優は霞を見つめて、どこか安心したように微笑んだ。


「霞、なんやかんや皆のこと、ちゃんと大事に思ってるんやね?」


「……うるさいわ。みんなには言わんとって。特に翔花には絶対」


霞はそっぽを向いて照れたように言う。


「言わへんよ〜。でも聞いたら翔花、嬉しなって絶対抱きついてくるで?」


「……うわぁ、それはごめんやな。マジで」


としかめっ面を浮かべる霞に、優はくすくすと笑う。


そんな静かなひとときが流れていた――その時。


「霞、優ー! ちょっと来てくれる?」


奥から戻ってきた灯が2人を呼ぶ声が響いた。

探索組が何かを見つけたようだった。



―――


2人が案内されたのは、屋敷の中でもとびきり大きな部屋。

重厚なベッドと机があり、そこに置かれた“焦げた地図”。


「優、体調はどう?」

凪が部屋に入ってきた優へ声をかける。


優は先ほどよりも顔色の良い笑顔で答えた。

「大丈夫や。心配かけてごめんな。休ませてくれてありがとう」


凪も他のメンバーもホッとしたような表情になり、微笑んだ。


「地図があったんだよ!!文字は全然読めないんだけど!」

翔花が2人を机の場所まで案内する。


「……この部屋にあったの。島の地図っていうより、国全体の地図のようなものよ。私達、島だと思っていたけれど、もしかしたら大きい国だった可能性が出てきたの」

灯がそう言って埃を払うと、地図に刻まれた各地の紋章が見えてきた。


「私たちが今いる場所は、ライオンと炎の紋章がある都市だと思う。地図にある矢印マークが、都市同士をつなぐワープの関所を示してるかもしれないわ」


地図の中には、他にもたくさんの都市と紋章が描かれていた。


中央には「星と花」


海辺には「龍と水流」


森に囲まれた土地には「亀と蔓」


そして図書館の都市には、「狼と月」の紋章が記されていた。


霞はその紋章を見て、何かを思い出しそうな表情を浮かべる。

優もまた、地図を見つめながら小さくうなずいた。


「……この“狼と月”、私らがいた図書館のところやんな」


「そうやと思う。それと美羽が幻を見た“龍と水流”の都市。どっちも、私や美羽ともっと何か関係ある気がする……」

霞が美羽の方を見ると、美羽も思うところがあるのかうなづいた。


「これだけ都市があるなら、もしかしたら分担して調べていく必要もあるかもな」

かおるがぽつりと呟く。


「そうだね。地図持っていけたら迷わず行けそうだけど、崩れちゃいそうじゃない?」

凪が地図の端を触る。焦げていて、劣化も激しいのか、持ち上げたら崩れてしまいそうだった。


「あ!」

翔花が声を上げる。


「スマホ!電波ないけど、カメラは使えるよね?」

翔花がポケットのスマホを取り出し、シャッター音が響いた。

「ほら!」

と皆へ地図の写真を見せる。


一瞬、皆呆けた顔をして、そして笑った。


「すっかりスマホの存在忘れてたわ」

「電波ないと使えないから見もしなかったもんね」


それぞれスマホを取り出し、地図の写真を撮った。


「でもさ、“あいつら”がまたいつ襲ってくるかも分からないから分担するなら気をつけないとだよね!言ってた“思い出せ”って言葉の意味も、全然分かんないし…」

美羽も珍しく眉間にしわを寄せている。


全員が地図を見て、それぞれに考え込んでいるようだ。


灯は皆の真剣な顔をみて、よし、と息をつくと、ポンっと手を打って皆の注目を集めた。


「考えることはたくさんあるけど、焦らずに行きましょう。特に今日はここでちゃんと休む方が先決だと思うわ」

灯の一言で、空気が少し柔らかくなった。


「よし!とりあえず明日は朝イチで、この“亀と蔓”の紋章がある都市へ向かお!今日は皆ちゃんと休んで体力温存すること!」

未桜が地図の亀と蔓の紋章を溌剌はつらつとした表情で指を差し、ニカッと笑った。


「一番休んでほしいのは未桜なんだけどなぁ」

「ほんと、会ったときから思ってたけど、未桜ってなんでそんな元気なの?」

かおるが苦笑し、灯が呆れたように未桜を見る。


「なっ!元気なのはいいことでしょーが!ってか助けたのに酷くない!?特に灯!」

未桜がかおると灯に向かって喚いた。

周りの皆も未桜の表情や、かおると灯のしれっとした表情に笑ってしまう。


屋敷の中で交わされた、確かな言葉と微かな不安。

でも、8人は確かに前へ進もうとしていた。


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