第12話 交差する雷と炎

「やっば……何あれ!かっこよすぎ!」

「ちょ、あれ…未桜!?」


赤髪の騎士となった未桜が、真紅のマントをひるがえしながら、大剣を振るう。

黒い兵隊が次々と斬り伏せられ、乾いた衝撃音が岩壁に響く。

炎の残滓が空気を焦がし、硝煙の匂いが広がっていく。


翔花と美羽は興奮を隠しきれず、目を輝かせて叫ぶ。


その一方で、かおると灯は呆然としながらも、未桜が優を庇って放った言葉を思い返していた。


『なるほどね!なんとなくわかったよ!…ここは私の街だ!』


――その一言に詰まっていた未桜の覚悟と、確信。


「未桜は、何か分かったのか…?というかあれは未桜で間違いないのか…?」

「わからない。急にあんな姿になって、戦えるなんて…どういうことなの…」


状況が理解できないながらも、かおると灯は、必死に剣を奮っている未桜から目を離さない。


「優!大丈夫!?」

震える優を、凪と霞が両脇から支える。


「あ、ありがと…未桜が助けてくれんかったら…うち、死んでもうてた…」

優の震えと恐怖が、凪と霞にも伝わる。


「未桜…大丈夫やろか…」

「分からないけど、今は未桜に任せるしかないよ…」

凪は恐怖からなのか、それとも未桜が戦っている姿に期待を寄せているからなのか、速まる鼓動を感じながらその光景を見つめた。

霞もジッと未桜を見つめている。


残っていた兵の1体を未桜が斬り伏せ、吹き飛ばした寸前、高速の影がその黒い兵隊を弾き飛ばした。


「!!」


音を置き去りにして現れたのは、先ほどの金髪ツインテールの少女。

口元を吊り上げながら、未桜の方へ飛びかかる。


「キャハハハ!!いいねぇ!期待通り!!やっと思う存分に遊べそうじゃん!!でも1人だけ〜?どこまで持つかな〜?」


黒い双対の短剣を軽やかに操り、アクロバットのような動きで未桜に襲いかかる。

鋭く、速く、獣のように。楽しげで、狂気をはらんだ眼差し。


「くっ…!チョロチョロ動くなつーの!!」


未桜はその突撃を正面から受け、大剣で一閃。

重量のある一撃に金髪少女の体が吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。


だが――笑っていた。


「わあ、なかなかじゃーん!いいねいいね!」

岩を蹴って跳ね起きた少女は、高台の残骸へひらりと舞い上がる。

短剣を高く掲げる。


「じゃあこれはどうかなぁ?」


黒い短剣から電撃のような閃光が走り、空へと伸びていった。

直後呼応するかのように空に黒い雲が走り、鋭い音とともに雷光が裂けた。


「雷…!?」

「うそ…!さっきは雷雲なんてどこにも…」

かおると灯が焦った表情で雷を見つめる。


「焼け焦げちゃえーーーっ!」


雷鳴がとどろき、未桜の背後――仲間たちを狙って雷撃が放たれる。


「ちょっ!うそ!こっちくる!!」

「うわぁあ!!」

美羽と翔花が叫んだ。


7人が反射的に目を閉じた、その瞬間。


「絶対に……誰も傷つけさせない!!」


未桜が身を翻し、炎をまとった大剣を振るう。

轟音と共に、炎の斬撃が雷とぶつかり合い、空間が一瞬にして白く塗り潰された。

雷と炎が相殺され、爆風だけが駆け抜ける。


「は……?嘘でしょ。あたしの雷、消された!?」

金髪少女の顔に、初めて焦りが浮かぶ。


「むかつく〜〜〜!もう1回…!」

「やりすぎよ。シトリン」

ぬるりとその背後に、赤紫の女性が現れる。音もなく、気配もなく。


「調子に乗りすぎると、あいつらに叱られるわ」


「え〜〜だってさぁ、やっと面白くなってきたのにぃ……ジストだって遊び足りないでしょ〜?」

口を尖らせる金髪少女だったが、すぐにふてくされたように笑い、未桜たちに向かって叫ぶ。


「まっ、怒られるのダルいし、今日はここまで!やあっと第一段階クリアって感じ〜?」


未桜が前に出て、怒りを噛み殺しながら叫ぶ。


「待てってば! あんたたちは誰!? 急に現れて、何のためにあたしたちを――」


「あーそこはまだ思い出してない感じ?自分で思い出してくれない?そこまで面倒みたくな〜〜〜い」


金髪少女は舌を出し、赤紫の女性と共に、ふっと闇に溶けるように消えた。

同時に、残っていた黒い兵隊たちも砂のように崩れ、風に溶けた。


 


残されたのは、岩肌と炎の余韻。

火花の匂いと、焦げた風が吹き抜ける鉱山都市の一角。


7人は何を言えばいいのかわからず、未桜の背中を見ながら沈黙していた。


未桜は静かに自身の大剣を見つめていたが、ふっと息をついた。


クルッと皆の方へ振り返り、声をかける。


「……みんな!大丈夫?」


真っ赤な瞳が、皆の無事を確認するように優しく細められる。

一瞬の沈黙のあと、翔花が叫ぶ。


「……未桜、ほんとに未桜だよね!?よかったぁあ〜!ありがとう〜〜!」

「なんなの?そのカッコ!!マジでカッコよすぎだよ!!!」

美羽が走り出し、未桜へ抱きつく。


そして、他のメンバーも一気に駆け寄った。

ここから、彼女らの“本当の物語”が動き出す――。


―――

 

「……あ」


かすかな声とともに、未桜の赤い鎧がゆらぎ、炎のようにふわりと消えていく。

瞳の紅も、髪の色も、元の未桜の姿へと戻っていた。


それはまるで、嵐の後に残された静けさのようだった。


「未桜……助けてくれてほんとにありがとう。でも……説明してほしい。いったい何が起きてたのか」

かおるが一歩前に出て、真っ直ぐに未桜を見つめながら問いかける。


未桜はバツが悪そうに、頭をかいた。

「ん〜……全部わかったわけじゃ全然ないんだけどさ」

と、いつもの調子で口を開く。


「とりあえず、街の中で落ち着けるとこ行かない?またさっきのアイツら来るかもだし」


そのとき、優が涙目で駆け寄って、未桜の腕を掴む。

「……未桜、怪我してへん?ほんまに大丈夫なん……?」

その声は震えていた。恐怖と安堵の入り混じった感情がにじむ。


未桜はちょっと驚いたように目を丸くし、それからにっと笑った。

「大丈夫だって!丈夫なのが取り柄だからさ!」

優の頭をポンポンと撫でる。

優は濡れた瞳を瞬かせながら、未桜の元気そうな様子に安堵の息をついた。


「さ!いこ!」


そう言って、あっけらかんとした足取りで未桜は街の中へ歩き出す。

7人は言葉を交わすこともなく、未桜のあとをついていった。


未桜の足取りには迷いがなかった。まるでこの街を知っているかのように、まっすぐに、鉱山都市の中央――巨大な屋敷の前で立ち止まる。


屋敷の門は半ば崩れており、壁もところどころ煤けていた。

けれどその入り口には、かすかに“ライオンと炎”の紋章が刻まれているのが見えた。


「……ここは?」

霞が小さな声で尋ねる。


未桜はその紋章をじっと見つめながら、ぽつりと答えた。

「たぶん……この街を治めてた家だったところ…かな?なんとなく、来るならここかなって」


「どういうこと……?」

灯が言葉を継ぐ。


未桜は少し黙ったあと、ゆっくりと語り出す。


「さっき、逃げてるときにね……この街の“幻”みたいなのが見えたの。

戦争みたいな感じで、黒い兵隊が街中を襲ってて……それを倒してる赤髪の“あたし”の姿も見えた。

なんか、唐突に優の前に出ちゃってさ、あのとき無謀だって分かってたけど、同時に……“できる”って思ったんだよね。よくわかんないんだだけど。でも、体が勝手に反応したっていうか」


少し間を置いて、未桜は屋敷を振り返りながら、続ける。

「で、あの姿になって……思ったんだよね。きっとここは、あたしが前に住んでた場所で、この街を“守ってた”んだって。たぶん家族もいて……みんなでこの街を守ってたんだろうなって」


「だからさ、あのとき言ったの。『ここは私の街だ』って。…何か決定的なことが分かったわけじゃないんだよ。でも、“守りたい”って気持ちは、確かに感じた」


未桜の声には、力強さと、どこか切なさが混じっていた。


7人は言葉を失い、ただ静かに未桜の言葉を聞いていた。


「とりあえず、ここなら頑丈そうだし、中入ろう!」

未桜はみんなを見て笑う。


「そうね。ここで立っていても分からないし、未桜も中に入ったら、もっと何か分かるかもしれないわ」

灯が静かに頷きながら、未桜と屋敷を見る。


「でもさぁ、入るのはいいんだけど、ちょっとお化け屋敷みたいな崩れ方してるよねぇ〜」

翔花がおそるおそる屋敷を眺める。


「こんな島に飛ばされて、あんな目にあって、今更お化け怖いとか言うん?」

霞が翔花に冷静に突っ込んだ。


「なっ…!怖いもんは怖いじゃん!お化け嫌いなの!」

翔花が霞に向かって喚いた。


優はそんな2人のやり取りに、やっと落ち着いてきたのか、くすりと笑った。


「まあまあ…とりあえず入ろう?」

凪も苦笑しながら翔花と霞の背を屋敷の方へと押した。


「じゃ!中で休憩しよ!ついでに探索もしよっか!」

美羽が片腕を上げながら、未桜の腕をとって中へと進んだ。


中へ入っていく7人の背中を追うかおるは、ふと自分の手を見る。


―守りたい…か―


自身の中のざわざわとした感情の原因がわからないまま、かおるは急いで皆の後を追った。




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