第10話 記憶のしずく

月明かりが照らす図書館の外、街の広場の一角の草むらで、未桜達8人は焚き火をしながら、食糧チームが獲ってきた魚を焼いていた。

夜風は、昼間の熱をすっかり奪い、ひんやりとした空気を頬に運ぶ。

古い石畳の隙間から伸びた草が、かすかに風に揺れて擦れ合い、ささやくような音を立てている。


焚き火からは、魚の脂がじゅっと弾ける音と香ばしい匂いが立ちのぼり、静かな夜気に混ざって広がっていく。

遠くで、建物の軋む音が一度だけ響き、また静寂が戻る。


沈黙を裂いて話し出したのは、霞だった。

幻で見た"自分に似た少女"と"時計塔の地下に広がる泉"の話。


水晶が輝く静かな泉。その場所で4人が見た避難民のような人々の痛々しい幻。


「現実とは、思えなかったけど…でも泉の光景は、4人全員で見たから、間違いない」

「私しか見てない女の子は、魔法のようなものを使っていて…ゲームみたいな濃い色のローブと紫の髪色だったけど、顔は確実に私だった」


霞は言い淀みながら、けれどどこか懐かしそうな表情を浮かべていた。


かおるも凪も翔花も、その泉に立ったとき、説明のつかない既視感を覚えたという。


「ほんとにおばけだ!!って思って怖かったんだからあ!」

翔花が腕をバタバタさせながら、食糧チームへ喚く。


「翔花の声の大きさにはお化けも逃げていきそうだけどね」

未桜が笑いながら、翔花の頭をポンポンしつつからかうと、翔花は不服そうな顔をする。


「そんなことがあったんだ…でも、そうなるとこっちの話とも共通点あるかも」


焚き火の火がパチッと大きく音を立て、橙色の火の粉が夜空へと舞い上がる。


「ーじゃあ、今度はこっちの報告するね!」

美羽が話し始める。


海辺近くの街で感じた懐かしさ。

大きな食堂。腐ってしまっていた食べ物たち。

大きな食堂で少年が、親方と呼ばれる人に聞きながら食糧を運ぶ幻。その様子を現実のように見ていた自分の感覚。

そして、見つけた“腐っていない保存食”。


「他の食糧は全部だめだったけど、その男の子と親方が保存魔法って話をしてたの。それで食堂の外の倉庫で干し肉とか見つけたんだ!」


灯がその言葉に反応し、

「にわかには信じがたいことだけど…でも、現実にこうして食べれる食糧もあった。さっきの霞達の話と泉のこともあるし、魔法っていうのがこの島では普通にあったものなのかもね」と冷静に補足する。


「そうだね。泉に浮かぶ水晶も、魔法か手品でもないと説明つかないな」

かおるも灯に続く。


「あと…」と美羽がつぶやく。


柔らかな風が吹き、焚き火の火の粉がふわりと舞い、美羽の物憂げな顔を照らす。

近くの図書館の壁に絡みついた蔦が、風に揺れて小さく葉を擦り合わせた。


「霞がこの街についた時言った、ここ知ってる、って意味がわたしも分かったよ。石造りの建物や街路の雰囲気とか…」


かおるが美羽を見たあと、皆の顔をみる。

「それぞれのチームの話さ、場所とか感じ方はバラバラだけど、共通して“幻覚”“魔法”“懐かしさ”──これがこの島と私たちと関係あるっていうのは、間違いないと思うんだ」


優がぽつりとつぶやく。

「こんな偶然、あるかな…?」


「いや、ないでしょ」

未桜が断言する。

「全員、少しずつだけど、“知ってる気がする”って言ってるんだから」


霞と美羽が、ふと目を合わせる。


「……美羽。その街、行ったことある、ここにいた気する、って気持ちになった?」


「うん。たぶんわたし、あそこにいた。子どもの頃か、ずっと前かわかんないけど」

「私も、そんな気がした」


ふたりの声には、不思議な確信があった。

“思い出そうとしている”というより、“眠っていた記憶が勝手に開いた”ような。

一瞬全員が考え込むように黙り込んだ。


少し焦げた魚の脂が焚き火に落ち、ジュッという音と共に、香ばしい匂いがふわっと立ち上る。


「そうね…。2人ほど確信めいた気持ちはないけれど、でもこの島に着いたとき、ほんの一瞬だけど涙が出そうになったの…理由はわからなかったけどね」

灯は焼き終えた魚を手に取りながら、ぽつりと言葉を発した。


「うちも」と、優が頷く。

「風の匂いとか、懐かしいなって感じとったわ」


「最初はめっちゃパニクったけどね〜!でも森とか道とか、なんか見たことあるような…昔走ったかもって思った」

と翔花が魚にかぶりつきながら無邪気に笑う。


「ほんま、よう食欲あるね。翔花は」

霞が呆れたように翔花をみる。


「食べれる時に食べとかないとでしょっ!!ってかさ、霞って標準語ぶってたけど、結構関西なまりなんだね?」


ニヤッとして翔花は霞に食べかけの魚を向ける。

「!うるさいわ…!食べかけ向けるな!」


色んな状況を一緒に体験したからか、少しずつ心を開いてきた様子の霞は、照れたように悪態をついた。


そんな2人の様子を凪は微笑ましく見ていた。


全員が、程度の差はあれど“懐かしい”という感覚を共有している。


凪が、皆を見回しながらソワソワとしつつ、言葉を絞り出す。


「たぶん……そんな事あるわけないけど、でも、絶対。私たち、もともとここにいた、よね?」


誰も否定しなかった。

それぞれの心に浮かぶ“なにか”が、その言葉を裏付けていたから。


「この街以外にも、きっと何か残ってる」

未桜が力強く言い切る。

「明日、みんなで探しに行こう。答えはきっと、まだこの島のどこかにある」


全員が頷いた。

目の前にある“日常”は、少しずつ“物語”へと変わっていた。


皆が疲れ果てたように、床や壁に寄りかかって眠っていく。

毛布代わりの布にくるまりながら、誰かの寝息が静かに響く。


凪だけが起きていて、窓辺に立っていた。

月が高く昇り、静かに図書館の中を照らしている。

外からは、夜虫のかすかな羽音と、遠くの木々が風に揺れる微かなざわめきが混じる。


「帰る方法を探さなきゃいけないのは、わかってるけど……」

窓の外を見ながら、凪がぽつりとつぶやく。

胸の奥にざわめく焦燥感と、この島には何か秘密があるという直感がせめぎ合っていた。


「なんかこう……“思い出せ”って誰かに言われてる気がする…。大事なこと、忘れてる気がするんだよね」


風がそっと吹いて、薄くボロボロになったカーテンが心もとなく揺れた。

その視線の先、夜空の彼方に、星が静かに瞬いていた―



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