第8話 ナデナデさせてくれるのなら


『それで、こんな早朝にどこに行くんだ?』


 早朝。一般的には働くには早い時間帯ですが、下町の方ではこの時間からでも働いている人はいるので、そこまで早いということはないのでしょう。


 これは人通りの少ない時間帯に移動することで、私の護衛をしやすくしていると聞いたことがあります。

 決まった時間に移動しているとなると、狙われやすくなるという配慮からでしたが、今まで一度も何かがあったことなどありませんでした。


「下水の浄化ですわ。浄華の聖女の日課は汚水処理です」

『そんなことに神の奇蹟の力を使ってバチは当たらないのか?』

「さぁ? 私は言われてしている立場なので、天罰が下るというのなら、これを命じた人でしょうか?」


 そんなことを言いながら、教会の外にでますと、正面に馬車が停まっています。そして、その周りには数人の護衛騎士の者がいつも通り騎獣に乗っていました。


 が! 何故に今日もブライアンがいるのですか!

 近衛騎士団長のクセに暇なのですか!


「おはようございます。浄華の聖女様」

 今日もよろしくお願いしますわ

「今日もだなんて、暇ですの?」


 はっ! また本音がでてしまいました。


「未だにお怒りなのは、ごもっともでございます。あの浄華の聖女様。その魔獣もご一緒で?」

「何が文句があるのかしら? 魔獣の購入の理由は理解しているわよね?」


 ブライアンはあのお茶会のときにあの場にいたのですから、エリザベートが魔獣を用意しろと言ったのを聞いていたはずよ。


 ですから、聖女の私が魔獣をつれていても問題がないことを事前に周知しておかないと、聖華会のときに騒ぎになっては困りますもの。


「はい、浄化の聖女様がお怒りのあまりに部屋に引きこもってしまったため、お慰めとしてとジークフリート様から伺っております」

「は?貴方、あの場にいてそれを口にするわけ?それは許可が出た理由であって、購入に至った理由ではないわ」


 堅物にも程があるわ。自分が見聞きしたことより、上からの命令されたときの理由を言うなんて、馬鹿じゃない?


「はぁ、もういいわ。さっさと行くわよ」


 私はやはり話すのが無駄だったと、勝手に馬車の扉を開けて、乗り込んだのでした。




『そう言えば、俺を買った理由を聞いていなかったな』

「だまされたのです」

『誰に?』

「もふもふだと思っていたのに、まさか呪われた第一皇子だったなんて」


 ガタガタと振動する馬車の中で嘆く私。

 これは今まで生きてきた中で最大の失敗ですわ。


『違うだろう。あとアークと呼べと言っているだろう』


 床に寝そべる黒豹をジト目で見ます。

 こんなに可愛いのに、もふり放題なのに、まさかのアークジオラルド皇子だったなんて……くっ、モフりたい。


「ナデナデさせてくれるのなら、教えてさしあげます」


 すると馬車の床にいたアークは身を起こして、ヒョイと私の横の座席に飛び乗って丸るまりました。

 聖女が移動するときに使われる馬車なので、私と大きな黒豹が座席に並んでいても余裕があります。


『それで何が理由なのだ?』


 え? これは撫でていいと?

 もふもふしていいと?

 うっきゅぅぅぅぅ!


 キュンキュンしながら、手を黒い毛並みにモフっと触れ、ナデナデする。


 もふもふぅぅぅぅぅ!


『で? 話せよ』

「はっ!」


 私はもふもふに翻弄されながら、事の経緯を話したのでした。




『なんだ? 聖女にふさわしい魔獣って?』

「ですよね? なにでしょうね?」


 何が基準なのかさっぱりわかりません。


『それで、護衛のヤツと仲が悪そうなのは何故だ? オリヴィアの護衛なんだろう?』


 ブライアンのことですか。私の護衛ではありませんわよ。


「教会で暮らす聖女の護衛は王家から出されるのが決まりなのです」


 これは本当に有り難いと思っていますわ。


『それにしては少なくないか?』


 少ないのでしょうか?私にはその基準がわかりませんが、今までと比べて少ないのは事実です。


「護衛の人数の基準は私は知りませんのでお答えできませんが、今まで婚約者の公爵家からも護衛が出されていたので今の倍以上はいましたね」

『ああ、婚約破棄されたって言っていたな。俺が思うにその婚約には聖女を守る意味があったのではないのか?』

「さぁ?聖女になって直ぐにファルレアド公爵子息が婚約者になったので、幼い私には理由を言われた記憶はありませんわ」


 言われたのかもしれませんが、聖女になって今までと色々変わってしまった戸惑いの方が大きく、そのことに関しての記憶はありません。

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