第20話 聚楽第の完成、平和への願いと影

天正十五年(1587年)。九州征伐を終え、名実ともに天下人となった秀吉は、京都に、天下統一の象徴として壮麗な邸宅、聚楽第を完成させた。そこは、単なる居所ではなく、天皇を迎え、全国の大名を集めるための、豊臣政権の新たな政治の中心地となる場所だった。秀吉の栄華を極める姿の傍らで、小一郎は、その豪華さに感嘆しつつも、心の中にはある種の不安を抱えていた。彼は、この平和が長く続くことへの強い願いと、史実で訪れる兄の晩年の過ち、特に朝鮮出兵という暗い未来の影を感じていたのだ。


「兄上、聚楽第の完成、誠におめでとうございます。この御殿は、まさに兄上が天下を治めるにふさわしい、壮麗なものとなりました。しかし、その輝きが、民の負担の上に成り立ってはなりません。そして、この平和が、永遠に続くように、細心の注意を払うべきです。」


小一郎は、現代の持続可能な社会や国際平和論の視点から、秀吉に助言を続けた。彼は、聚楽第の豪華絢爛さが、かえって大名たちの反感を買い、民衆の不満を募らせる可能性を懸念していた。また、この安定した状況が、秀吉の新たな野心を刺激するであろうことを予見していた。


聚楽第の内部には、小一郎が未来の知識を応用した様々な工夫が凝らされていた。例えば、客間には、当時の技術で実現可能な限りの採光を取り入れ、明るく開放的な空間を演出した。また、水の循環システムを工夫し、庭園の池に常に清らかな水を流し、快適な居住空間を作り出すことにも貢献した。これらは、現代の環境デザインや快適性追求の概念を取り入れたものだった。


「この聚楽第で、兄上が天下の大名たちと対話し、その不満を吸い上げ、公平な裁定を下すことこそが、天下の平和を保つ鍵となります。決して、力任せの統治に走ってはなりません。未来の世では、『対話』こそが争いを解決する最も有効な手段とされています。」


小一郎は、秀吉に、全国の大名を集めて意見を聴取する「御前会議」のような場を設けるよう進言した。これは、秀吉が天下人として、大名たちの不満を直接聞き入れ、融和を図るための重要な機会となった。史実においても、秀吉は聚楽第で大名たちに忠誠を誓わせ、その権威を確立している。


しかし、小一郎の心には、拭いきれない影があった。それは、数年後に秀吉が企てることになる、朝鮮出兵という大事業だった。未来の歴史を知る小一郎にとって、この無謀な戦が、豊臣家の没落に繋がる悲劇となることは明らかだった。彼は、幾度となくその愚行を止めるための言葉を探し、兄に遠回しに進言を試みた。


「天下を統一した今こそ、内政に力を注ぎ、民の生活を豊かにすべきです。無用な争いは、民を苦しめるばかりか、豊臣の基盤をも揺るがしかねません。」


小一郎は、武力による征服の限界と、平和がもたらす真の繁栄を説いた。しかし、天下統一を成し遂げ、その絶頂期にある秀吉は、次第に小一郎の慎重な進言に耳を傾けなくなりつつあった。彼の瞳の奥には、大陸への野望という、新たな光が宿り始めていたのだ。


聚楽第の輝かしい完成は、豊臣政権の絶頂期を象徴するものであった。しかし、その陰で、小一郎は、兄の過ちをどうすれば止められるのか、静かに、そして深く苦悩していた。彼の心には、太平の世への願いと、迫りくる悲劇への予感とが、複雑に交錯していた。

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