第2話 普通、HDDパズルを解いた瞬間、願いを叶えるランプの魔人みたいなのがあらわれるとは思わないじゃん

 奴と巡り会うことになってしまったのは、あるバカみたいな仕事を請け負ったのがきっかけだった。あれはまだ俺が二十代の頃で、大学生をやってた時期だ。

 ボタ雪が絶え間なく降っていた。東京の街はあっという間に銀世界へと変わり、渋谷前のハチ公像も真っ白になった。

 アパートの部屋で、俺はタバコを吸っていた。まともなタバコじゃない。喫煙所で拾った大小様々な吸い殻だ。厳密に言えば、まだ吸うところのある吸い殻だ。爪楊枝に刺し、ライターの火であぶった。煙を吸った。情けなくてたまらないが、気持ちよくてたまらない。

 友人からもらったサントリーの角瓶をラッパ飲みした。タバコでダメージを負った喉に、じんわりとウイスキーの高濃度なアルコールが染み渡る。

「たまらねえ」

 俺は泣いた。泣いていた。親父もお袋も俺をこんな風にするために、大学まで入れてくれたわけじゃないだろうに。親父が生きてたら、首絞められて殺されかねない。そして、賭け麻雀とパチンコとデリヘルで費やしたツケは確実に着実に俺をむしばんでいったのだ。


 ボストンバッグ(オフハウスで百円で買ったものだ)から、例のものを取り出した。紫煙を吐き出しながら、その形状に目を見張る。パソコンのHDDみたいな逸品だが、これを預けたやつの説明によると全然違うものだという。

 実はこれ自体がパズルであり、適切なならびににすると、何か宝物みたいなものが出てくるというのだ。その何かを俺は、探り当てるよう雇人に言われている。成功したら二万円。失敗したらペナルティの一万円。変な仕事だ。


 HDDもどきをまさぐって、どうにか変形させられないか試した。どうにもならないように思えた。チタン製かアルミニウム製か分からないが、表面は硬く、どこをどうしても頑として動かせないようだ。継ぎ目はなく、ネジなどもない。ツルツルな表面。

 こりゃもうペナルティだなと思った矢先、HDDがうなりを上げた。どうやら親指の腹が何かに触れたらしいのだ。表面の金属が上下にスライドし、中身が開いた。そこには赤い石が入っていた。光沢があり、ルビーみたいに輝いていたが、内部は真っ黒で、薄気味悪かった。


 これがお宝か?

 お宝――赤い石はピカピカ光っていた。発信機みたいだ。単なる宝石だったら売ることも考えたんだが――それなら一万円ペナルティ料払っても元が取れるだろ――こんな発光するあやしい石なんて売れたもんじゃない。素直に二万円もらおうと思った。

 今思えば、ここでさっさと渡しにいけばよかったんだ。だけど俺は急な眠気に襲われ(アルコールのせいだ)、ベッドにうつ伏せになって眠った。あるいは仰向けだったかもしれない。まあどうでもいい。

 とにかく、目覚めると、目の前にいたのが、ピンクモヒカンで、ライムスーツを着た男というわけだ。

「チィーッス!」

 歳の頃、三十後半くらい。口ヒゲ、ひんむいた目。目が覚めた時、そんな奴が部屋にいたらビビるよな。俺はびびった。強盗だと思った。扉を開けっぱなしに寝てたせいだと自分を責めた。

「呼ばれてきたわよーッ。アンタの望みはなんならワケぇ?」

 峰岸はそう言った。

 目をぱちくりさせて、口をあんぐり開けている俺を見て、峰岸は俺の状況を把握したらしい。

「あんた、自分がアタシを呼びつけたって気づいてないんでしょ。あんたは発信機を鳴らしたのよ。そのピカピカ光る石のことよ」

「発信機」

「そう。それを動かすとアタシが駆けつけてその人の願いを叶えてあげるってわけ」

「ウソだろ」


「まだ信じていないのねえ」人差し指をその鋭角的な顎に当てて、峰岸はうーんとうなった。「そうだ。こうしたら信じてもらえるかしら。アタシが万能の存在だってことに」

 次の瞬間、俺は宇宙空間にいた。真っ黒な空。輝く星。目の前には視界にとらえきれないほど大きな恒星。

「う、う、う、ウソだろ⁉︎」

「マジよ」

 隣に峰岸が浮かんでいた。腕を組み、にやけて見せる。

「こういうのはいかがかしら」


 さらに、驚愕の光景が広がった。

 俺は食卓に座っていた。焼鮭。海苔。卵。佃煮。白米。ナスの味噌汁。席の向かいに二十代の頃の叔父がいた。「親父!?」そう叫んだ俺の声は五歳のガキの声になっていた。「生意気だ! 俺にだまってしゃべるなクソガキ!」親父の平手が飛んだ。頬がジンと痛んだ。痛みに涙が出た。

「どうかしらぁ? 過去の世界に送り届けてあげたわよ?」

 峰岸がたずねた。

「何が起きてんだ」

 俺は子供の声で言った。

 それから俺は、幾何学模様の宇宙人になり、夜の都市を駆け回った。そして、ミッキーマウスになってアニメの世界で蒸気船を運転し、江戸時代の農民になって侍に斬られかけ、レディ・ゴダイバになって村の中を全裸で駆けた。

「何だこれ。幻覚か⁉︎」

 そうは言いながらも、幻覚ではないことは分かっていた。肌で実感した。俺は蒸気船に乗ったし、江戸の街を駆け抜けたし、全裸で馬に乗った。

 つまり、全部が本物だった。


「お前は何者なんだ! このパズルはなんだ!」

 俺は叫んだ。

 峰岸はニヤッと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る