第5話「あいつ、誰だよ。」




 バリバリキンゴコンガア。




 


(先生は先に帰ったけど、鍵は閉めなくていいのかな。)




 木目のある大きな木製の扉を引いて閉じる。俺は廊下に出た。扉の上に設置されたプラスチックの札を見る。


 




 「第三相談室か。面白いところだったな。」




 さっきまで部屋の中にいた俺は、驚きの過去を思い出した。


 


 大量の書類が敷き詰められた金属製の棚には埃がかぶっていて、人が出入りするようには見えない部屋。けれど、湯沸かしポットから湧き出る白い湯気が、生活感を滲み出していた。




 全体的に金属が剥き出しの部屋。パイプ椅子や角の尖った冷たい印象の机。そこにはやはり生活感なんてなかった。あの部屋は少し奇妙だったと思う。




 (それに、先生もいつもと違っていたし。ガチっぽくてちょっと怖かったし。)




 「まあ、とりあえず政府からの疑問について考えようかな。」




 俺の独り言は、やはり独り言で俺以外の耳に届くことはなかった。




 一人、廊下を歩きながら、自分のクラスを目指す。とっくに授業は始まっているはずだ。




 俺の足音にかぶさる音はなく、俺の鼓膜には律動的な一つの音しか聞こえなかった。足音という名の音だけ。




 周りの気配はなかった。誰もいない、そんな気がした。俺の足音以外何もない。




 いつもなら扉越しに聞こえてくる教師の声も、休み時間に聞こえてくる談笑も、今は何もなかった。




 (どうなってんだ。)




 グラウンドが見えてきた。このまま進めば自分のクラスにたどり着く。けれど俺の足は進むことを拒絶していた。




 それ以上に何かが俺の頭に入り込もうとしていた。




 (なんなんだ。これ。)




 「ゴホッ、ガハッ。」




 (嘘だろ、なんだこれ、赤いというより、黒い。)




 「ゲホッ。ゴッゴッ。」




 (あ、これ、血じゃん。)




 俺の視界は次第にぼやけ、何もかも、ピントが合わなくなる。朧に写っていた視界は反転し、天井の弱々しい電灯を捉えた。




 (これ、本格的にやばいな。俺、死んじゃうのか。嫌だ、死にたくない。)




 希薄になる意識の中、覆い被さるようにマスク男を見た。




 マスク越しに見えたそいつの目は確かに笑っていて、下卑たその表情を最後に、俺はついに意識を失った。




 

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