第10話 コーディネートは控えめに

「ここがうちの友達がやってる店や」

「……ふうん」


 その店は、アキバから少し離れた住宅街の中にあった。表通りの喧騒がまるで嘘だったように静かだ。


「アキバにもこんなところあったんだ」


 あたしはキョロキョロしながら、菜々子が入った店の入り口から中を覗いた。


「ごめんください」

「いらっしゃいませ」


 入店したあたしに、少し深く礼をしてきた女の子。特に何かをするわけでもなく、その場に佇んでいる。


「お探しのお品物がありましたら、お申し付けください」


 シックで濃い藍色のメイド服、足首まで隠れるロングスカートに黒のローファー。


「……」


 あたしはその子の雰囲気に惹かれ、頭からつま先を何度も見つめていた。


「弓子、商品はこっちやって!」

「菜々子ちゃん、この子があんたの言ってた子かい?」


 長身でショートカットの女性と菜々子があたしのすぐ隣に立っているのに気づいてびっくりした。


「ひあっ!? す、すみませんっ!!」

「いや別に悪いことしてないじゃない。謝る必要ないわよ」


 圧を感じた相手に対して、反射的に謝る癖が出てしまった。


「お千代ちゃん、弓子はいつもこんな感じなんや……」

「あらあら……それはともかく、あなたメイドロボをお迎えするんでしょ?」


 身長差のせいで、この人をどうしても見上げる形になってしまう。


「は……はい……まだ、お喋りとかも出来てないんですけど……」

「ま、うちの店に来たってことは、その子の服とか探してるんでしょ?」


 お千代さんは、優しい声であたしの用件を聞いてくれた。


「……なるほど、事情はわかったわ。菜々子ちゃんの言うような子なら、何かあった時に整備しやすい服にしといた方がいいね」

「なるほど」


 普段着、特に自宅内で着せる服。身体に問題を抱えている子は、病人と同じで前合わせの服にした方が良い、と。

 その話を聞いて、あたしはメイドロボに着せてる服のことを思い出した。菜々子にTシャツとかは脱がすの大変やから、ボタンが少なめのブラウスにしろと。


 幸い、最近あまり着ることのないシンプルなブラウスがあったから、それを昨夜着せたとこだった。ただ、あたしのサイズだと胸元のボタンがどうしてもしまらなくて、大変な絵面に──


「弓子? なんで顔真っ赤になっとるんや……」

「いやなんでもない!!」


 危ない、変なスイッチが入るとこだった。


「とりあえず、うちが見繕ったやつはこれとこれ。他のはお千代ちゃんのおすすめやな」

「アンダーとか靴下とかも要るって聞いてたけど……」


 お千代さんが店の奥から紙袋を持ってきて、中からブラを何着か取り出した。


「可愛いのがあんまりないんだよ。うちでも滅多に出ないサイズだからねぇ……」

「めっちゃでかいからな……」


 菜々子が胸の前で、何かを手のひらで支えて揺らす仕草を見せた。


「あのー、アンダーは別で買うつもりで……」

「既製品はダメ。 あなたの子には専用の繊維じゃないと、おっぱいがすぐガビガビになっちまうよ」

「ガビガビ」


 想像がつかない。ガビガビってどんな?


「弓子、言うの忘れてたんやけどな……あの子の皮膚、素材が特殊なんや」

「そうそう。自己再生だけじゃなくて日焼けとか色々てんこもりの代わりに、化学繊維に弱くてね」

「1週間に半日ぐらいしかつけへんような代替品とかやったらええんやけど、毎日つけてたら皮膚の再生機能が速攻で劣化すんねん」


──えええ……要するに化繊アレルギーじゃん……


「せやから、この子は結果的にコスのコスパ、めっちゃ悪いからな……頑張ってや弓子」

「ま、そういうこと。この人工シルクとレーヨンのハイブリッドブラなら安心っで訳」


 あたしの耳に、財布の紐の切れる音が響く。


「ということは……」

「アンダー以外のも、全部そうやで?」


 値札を見せられたあたしは、ガチで目眩を覚えた。ふらりと後ろによろめいて──


──ガシッ


「え」


 後ろから肩を掴まれ、支えてくれた人がいる。


「大丈夫でしょうか? 気分がすぐれないようでしたら、あちらに椅子がございます」


 さっきあたしが入店したときに接客してくれたメイドロボだ。この店の看板娘だってお千代さんに自慢された子。


「あ、ありがとう……大丈夫」

「そうですか。ご用がございましたら、何なりとお申し付けください」


 細身の見た目からは想像できないパワーにあたしは助けられた。着ている服を再びマジマジと見つめる。


「それ、欲しいのかい?」


 お千代さんが聞いてきた。うん、図星。


「さっきもうちの娘、ずっと見てたからね。その目は"かわいい、ぜっっったい欲しい"っていう乙女の眼差しだ」

「なんやねんそれ……」


 すぐ隣で繰り広げられている漫才をスルーし、あたしは店の奥を見た。


「あれ? この子のコスと同じ……」


 見た感じは細身用のサイズだが、胸の大きさが段違いだ。


「……でっか」


 あたしは無意識でボソリと呟いてから、家で眠っているメイドロボがこのコスを着せた姿を思い浮かべた。


「いいじゃん……」


 シックで上品なメイド服に身を包んで、たおやかに佇んでいる。


「弓子姉様」


 とても可愛らしい鈴の音のような声があたしを呼ぶ。あたしが両手を伸ばすと、彼女はあたしの腕の中へ倒れ込むように入ってきて、あたしは──


「……子。コラッ!! 弓子ぉ!!」

「はっ!? あたしは何を……」

「ふふっ、面白い子だねぇ!」


 あたしは顔が熱くなっていくのを感じた。正直めちゃくちゃ恥ずかしい……。


「そんなに気に入ったのかい、その服」


 あたしは項垂れて店の床を見た。それから少し考えて、再びお千代さんの目を見る。


「はい」

「いい返事だ。そうだね、この服はサイズが特殊過ぎて買い手がつかなかったんだ。丁度いいタイミングだ、8割引きでいいよ」


 値札に198,000円って書いてある。それの8割引……!?


「お千代!? お前正気か!?」

「てやんでえ!! こんな可愛い子がキラキラした目で面と向かってきてるんだ! 応えないわけに行くもんかい!」


 あたしはそのやりとりを聞いて、じわっときた。


「ありがとう……ございます」

「おやおや、可愛い顔が涙で台無しだよ」


 お千代さんはあたしにハンカチを渡してくれたあと、マネキンからメイド服を脱がせて丁寧に折り畳み、紙袋に入れてくれた。


「ほんま世話かけてしもたなぁ、おおきにやで」

「あんたのお友達だし、当たり前のことをしただけよ」


 あたしは代金を支払い、両手で服やメイドロボの手入れ用品を詰め込んだ袋を持った。


「今度はその子と一緒にきておくれよ。色々サービスしてあげるからさ」

「ありがとうございます。きっと、またきます」


 あたしは頭を深々と下げ、菜々子と一緒に店を後にした。


「いやほんま、お千代ちゃんの店がアキバにあって助かったで」


 菜々子の言う通りで、あたしはメイドロボの服があんなに難しいものだなんて知らなかった。もし既製品をずっと着せてたらと思うと、ゾッとする。


「ありがとう、菜々子」

「どういたしまして。まぁ今回はほんましゃーない……あの子、色々特別過ぎるんや」


多分今回のことも序の口、氷山の一角なんだろうなと思った。まだまだ色々ありそうだけど、あの子とお喋り出来ると考えたら乗り越えられる。


「そういえばさ、菜々子」

「なんや弓子」

「お千代さんのお店に行く前、いっぱい買ってた部品は?」


 電子部品以外にも、金属の棒とか配線とか嵩張るものを大量に買い込んでたのは見てた。でも、それっぽい荷物を菜々子は持ってない。


「ああ、それはな……精密部品とか、今日帰ったらすぐに使うもん以外は宅配便であんたの家に送ってもろとる」

「あー、なるほど……」


 流石は百戦錬磨の職人だと感心した。あたしは多分、菜々子とお千代さんには一生頭を上げられない気がした。


 そして、後にこの予感は当たることになるのだ……。

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