第8話 真実

美弥は、少し躊躇うようにしてから、昨夜の出来事をぽつりぽつりと語り出した。


「エリカの提案でさ……みんなで町外れの山の中にある廃神社に、肝試しに行ったんだよ。智子、その場所、分かる?」


「……だいたいね」


智子が軽く頷く。すると美弥はちらりと、私のほうを一瞬だけ見た。そして、次に彼女の口から出た言葉に、私は思わず息を呑んだ。


「……実はね、エリカが“肝試ししよう”って言い出したあと、和也たちが悪ノリして『エリカにドッキリ仕掛けようぜ』って言い出したみたいなの」


「……えっ?」


私の目が見開かれる。美弥はバツが悪そうに小さく手を合わせて、申し訳なさそうに言った。


「……エリカ、ごめん。実は私、その話、知ってたんだ」


頭の中で何かがうまく噛み合わず、私は声を荒げた。


「ちょっと、なにそれ……ちゃんと説明してよ!」


深く息を吐いた美弥は、覚悟を決めたように、事の顛末を話し始めた。


あの日、私が「肝試しに行こう」と言ったあと、男連中だけでこっそり集まっていたらしい。和也の発案で、私と美弥にドッキリを仕掛けて驚かせようという話になったという。


和也、徹、伸治は、事前に廃神社へ下見に行き、計画を練ったらしい。


最初の案は、徹が「幽霊に取り憑かれたふり」をして暴れ、みんなをパニックに陥れるという、ありがちなものだった。だが、それではつまらないと伸治が言い出し、神社の裏手にある古井戸の蓋を開け、中を覗いた。


そこにはもう水はなく、井戸はとうの昔に埋められていた。外観だけがぽつんと残っていたそうだ。


「そこで、彼らは思いついたの。あの『噂の女の幽霊』を演じてもらえば、もっと怖がらせられるって」


そう言って美弥は視線を逸らした。


「……それで、私にも声がかかったんだ。『幽霊役をやってくれ』って。井戸の中に隠れてさ、白い服着て出てきてくれって。でも、私、ああいうのホント無理で……怖くて、断ったの」


苦笑する美弥に、私は言葉を失っていた。


「結局、女の幽霊役は諦めて、男三人で幽霊に取り憑かれて井戸に飛び込むっていう演出に変えたのよ。……バカだよね、ほんと」


美弥の声は、どこか呆れたようなそれでいて後悔するように目を伏せていた。


私は美弥の言葉に、ただ息を呑んでいた。脳裏に焼き付いているあの恐怖の光景が、まるで虚像だったとでも言うのだろうか?


「嘘よ……そんなはずないわ。だって、私、この目で見たんだもん! 三人が黒い影の手に捕まれて、井戸の中にと引きずり込まれていくところを……それに、そのあとのことだって。私、黒い影の化け物に、食べられそうになったんだから!」


熱に浮かされたように反論する私に、目の前の二人はただ呆然と立ち尽くしていた。智子の視線は私と美弥の間をさまよい、美弥の口元は微かに開いたまま、困惑の色をありありと浮かべている。


「はぁ……やっぱり変だよ、エリカ……。あの後のこと、本当に覚えてないの?」


美弥は深い溜息をつき、まるで熱でもあるかのように額に手を当てた。その呆れた物言いが、かえって私の心を揺さぶる。


「当日、みんなで公園に集まってさ、時間が来たからいよいよ肝試しに行こうってなったじゃん?」


美弥の声は、過去の記憶をなぞるように優しく響いた。


「そ、そうよ……」


私の記憶は、確かにその公園の情景から始まっている。


「その時、私は本当に怖くて、エリカの腕にぎゅっとしがみついていたの。だって、たとえイタズラだと分かっていても、あそこは正真正銘の心霊スポットでしょ? 虫の鳴き声もしなくて不気味な雰囲気が漂っていたから私、結構びびってたんだ。


それで神社に着いたら、男連中みんなが、まるで恐怖に震えているかのように大げさに怯えたふりをしててさ。笑いを堪えるの本当に大変だったの。」


私の心臓は、ドクン、ドクンと激しく脈打っていた。当時の鮮明な記憶が、まるで色鮮やかな映像のように脳裏に甦る。そして同時に、これまで闇に包まれていた真実の欠片が、今まさに目の前で繋がろうとしているような、そんな期待が胸の奥に確かにあった。


「そ、それで……?」


私の記憶は確かにここまでが合致する。しかし、この後、一体何が起こったというのか……。


「それで、伸治の『覗いてこいよ』っていう合図で、和也が井戸の中を覗きに行くことになったじゃん。エリカも伸治の煽りに乗せられて、和也のことを面白がって焚きつけてたしね。


そこで、和也のヤツが井戸を覗き込んだ瞬間、まるで何かに引きずり込まれたかのように、スッと、見事に井戸の中に消えてくれたのよ。私も本当にびっくりしちゃって! 本気で落ちたかと思うくらいの、あれはまさに名演技だったわ!」


美弥は思い出し笑いをこらえきれないように、肩を震わせていた。さらに美弥は、堰を切ったように言葉を続ける。


「それでさぁ、残りの二人も、焦ったふりをして、次々に井戸の中に飛び込むんだもん。もう私、笑いを堪えるのに必死で、大変だったんだから! あの井戸思ってるよりも狭いから、男三人、どうやって隠れていたのか想像しただけでおかしくて」


しかし、次の瞬間、美弥の声のトーンがすっと落ちた。笑い声が消え、真剣な眼差しが私に向けられる。


「そしたらエリカ、急に、本当に突然、喉が張り裂けんばかりに絶叫しながらパニックになっちゃって……。まるで何かに憑かれたみたいに、一目散に山の中に走って行っちゃったんだよ。

私、『待って、エリカ!』って何度叫んで止めても、全然耳に入ってなくて……。あの時は、マジで焦ったんだから」



美弥の言葉は、私の記憶と決定的に食い違っていた。パニックになったのは私ではなく、美弥の方だったはずだ。私は、恐怖で震える美弥の後を追って、山の中に入っていったのだから……。もし、美弥の言っていることが本当なら……。


そんな思考の渦に沈んでいると、今度は美弥の方が私に鋭い質問を投げかけてきた。


「それで、あんた山の中で何があったの? 黒い化け物って何なのよ?」


美弥が疑いの目を細めて私を見てくる。智子もまた、面白そうにその様子を眺めていた。さっきまでの状況とは打って変わって、立場が完全に逆転していることに私は気づいた。


私は明らかにトーンダウンしながらも、山の中での出来事を訥々と話し始めた。

美弥を追って山の中に入っていったこと。


あの奇妙な黒い化け物に追いかけられ、息を切らして山中を逃げ惑い、ようやく開けた場所に出たこと。


そしてそこで化け物に捕まり、まさに食べられそうになったところを、『桃花』という一振りの刀を持った男の子に助けてもらったこと。


その男の子が、まるで呪文のように『狒々王』と呟き、何かを呼び出したこと……。そしてそこから命からがら逃げ出し、無事に家にたどり着いた顛末まで、その全てを二人に語り終えた。


すると、プッと、美弥と智子が同時に吹き出し、やがて大声で笑い始めた。


「アハハハ! なによあんた、漫画の見すぎじゃないの? ファンタジーアニメとか好きだっけ? アハハハ!」


美弥は腹を抱えて笑い転げている。智子も涙目になりながら私の肩を叩いた。


「確かに美弥たちも悪いけどさぁ、おかしいの、明らかにエリカだよ。桃花って誰よ? 王子様なの? エリカそんな人好きだったんだ。全く……夢でも見たんじゃないの、アハハハ!」


二人の止まらない嘲笑に、私は顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。よくよく考えれば、二人の言うことはごもっともだ。


こんな現代に、鬼だとか化け物だとかがいること自体、あまりにも子供じみた発想ではないか。


さらに、学生服を着て刀を持った男の子、『小夜』というセーラー服の少女……まるで漫画やアニメから飛び出してきたような設定だ。


そこに今度は、炎を纏った猿の怪物まで出てくるなんて……。そんなものを見たと言われても、笑われるに決まっている。


私は小さく肩をすくめながら、まだ大笑いしている美弥に、一番聞きたいことをか細い声で呟いた。


「じゃあ……和也たち、生きてるの?」


「あ、当たり前じゃん! 今日は会ってないけど、みんなピンピンに元気してるよ」


ケロリとした、しかし安堵させるような明るい声で答える美弥に、私は内心、ほっと胸を撫で下ろした。張り詰めていた表情が、ゆるりと解れていくのが自分でも分かる。笑われてもいい。みんなが無事なら、それで十分だった。


そんな時、美弥がふと、茶目っ気たっぷりの笑顔を向けてきた。


「そんなに信じられないなら、確かめに行こうよ」


彼女は、背後にあるあの鬱蒼とした『山』を親指で指さし、まるで冒険に誘うかのように、行こうと合図を送ってきたのだった。


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