千春の説教


「職員会議14時からでーす」


あーー飯飯、腹減った。

やたら腹が減る式典行事の日。

ん?今日は弁当じゃないのか。

いつもこういう日はかなが弁当持って来て一緒に食ってる気がするけど。


「嶺先生なんか買いに行く?」

「購買で」

「なんだーー誰かコンビニ行かない?」

購買には売れ残りのパンやおにぎりしかないと思われる時間帯。

ホームルーム後に生徒がこぞって買いに行っただろう。

だけどコンビニまで行くのが面倒だ。

財布を持って職員室を出たところ

「ん?」

柱の影から手招きする何かが

ヒーーヒッヒッヒッヒッヒッヒ

「ヒィッ!」

「面貸しな!」

なんか連行された。



「なんだよ」

職員室前廊下の突き当たり。

資料室やらなんやらで、生徒はほとんど立ち入らない。

「嶺せん!」

「近い近い」

「1つ忠告させて」

どアップの早瀬が真剣な面持ちで詰め寄る。

「何を?生徒に忠告される事なんぞねえけど」

「あたしゃ心配よ」

「あ、かな?」

「ちげーよ」

「教師に対して口の利き方な」

「嶺せんの態度が」

「俺?」

「かながどうして毎度いじめられると思う?

 私には一切かなに嫌な要素はないのに」

「俺もねぇな、不思議だ」

「どうしよ、まともに話せるかしら

 この人絶対わかってないと思うの

 みなさんどう思う?」

「誰に喋ってんだよ」


「いい?嶺せん」

「はい」


「かなに対して所有感出しちゃダメ」

「所有感?そんなもん出してねぇし

 そもそも俺の物とか思ってない」

「ほらね!やっぱりわかってないこの人!

 無自覚無意識!怖い!怖いわーーー」

「腹立つな」

「嶺せんはね女子生徒に人気なの」

「まぁな」フッ

「若い独身の男ってだけなのに」

「は?」

「本気で好きになってる子もいる

 心当たりあるでしょ?告白されたり」

「ま…まぁ」

「自分たちにそんなつもりがなくても滲み出るの

 親密な特別な存在だって雰囲気が」

「公私混同はしてません」

「してます」

「んで用件はなんだよ」

「だから、嶺せんのそんな態度に

 特別扱いされてる雰囲気に

 たとえ嶺せんのことを好きじゃない子でも

 女子はイラっとくるものなのよ」

「面倒くせぇ」

「無視しろとまでは言わないけど

 必要以上にかなにタッチしないこと、いい?」

「しねぇし」

「わかったの?!」

「わかりましたぁ」

話は終わり、現場を歩き出す。

「お前飯は?購買行くけど何か食う?」

「そぉいうとこぉぉぉ」バカナノ?

しっしと手で追い払われる。

「先に行って」

「はい」

俺が先に廊下へ、しばらくして早瀬が何もなかったような涼しい顔で教室棟の方へ出て行った。


所有感に特別扱いね…


そもそもが特別扱いしたくて青藍に呼んだんだしな。


早瀬がわざわざそんな忠告をするということは、そうなんだろうな。

女子はそういうところに嫉妬してしまうんだろう。

そして俺からそれが滲み出ていると。

そりゃそうだよな。

だって寝る時以外一緒にいます、ってレベルで隣にいるんだから。


俺もだし、あいつらも同じだろうな。

野球部はやはり、かなのことは特別で自分のものなんだ。


そこに嫉妬するっておかしな話だ。

ちょっと考えればわかるだろ。


イライラしながら購買に行ったらオールドファッションしか残ってなかった。






始業式の今日は、職員会議があったり教科会議があったり、学年会議までやりやがったりで、練習には参加できなかった。

班別紅白戦をする事になっていたから、日が暮れた頃にかなから勝敗のメールが届いた。

今から行っても筋トレと自主練だから、諦めて仕事をした。


「お先に失礼しまーす」

「お疲れ〜」

「お疲れさん」

ぼちぼち帰り始める職員室。

グラウンドはライトはついていなかった。


帰り道のコンビニで夕飯を調達。

おにぎりやパンをかごに入れ、お菓子売り場でかなが好きそうなのを何個か入れた。

「唐揚げくん一つ」

「ありがとうございます!」

「あ、やっぱ二つで」



絶対いると思った。



「ただいま」

「おかえり…」

かなの大きな赤いクッションにうつ伏せに埋めた顔も上げず、覇気のないおかえりが返ってきた。

「飯食う?」

「いらない」

「じゃあ全部くおーっと唐揚げくん」

「いる!」ガバッ

買ってきた袋をテーブルに置くと、かなは嬉しそうに中身を出しはじめた。

「あ、エビマヨおにぎり〜

 いちごの飲むヨーグルトだ!」

少し安心した。

上着を寝室で脱ぎ、携帯をテーブルに置いて、俺は何も考えずにいつものルーティンで、冷蔵庫からビールを取り出した。


プシュッ

ゴクゴクゴクゴクゴク

あーーー美味い!


缶から顔を離すと、かながポカンと見ていた。


「あぁ!飲んじゃった!」


送らないとと確かに思っていたのに、ごく自然に飲んでしまった。

病気かもしれない。

「別にいいよ、バスで帰れるし」

「そんなわけにいくかここバスないし」

「大通りまで歩くよ」

お母さんに迎えにきてもらうわけにもいかないし、仕方ない。

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「どこに電話してんの」

『はいはーい』

周りのガヤガヤ具合からまだ職員室だな。

かなに携帯を渡すと、戸惑った顔で耳に当てた。

「も…もしもし」

のあと、顔が一気に綻んだ。


「迎えに来てくれるって〜」ニタニタ

「助かった」

「でももうちょっと帰れないみたい」

落ち込んだのは終わったのか、さっきとは別人のように晴々した顔でヨーグルトにストローをぶっ刺した。

チューーー

「美味しい!」

よかった。

「かな」

「ん?なーに?」


「何かあったら言えよ」


「うん」


頼りなさげに小さく笑い、かなは目を合わせなかった。


それ以上言葉は思い浮かばないし、どうすることもできない。

早瀬の言うように、俺が何かから庇ったりするのはダメなんだろう。

それならかなが自分で耐えるしかないし、俺はそれを見てるしかない。


「唐揚げくんうま〜」

「おにぎりは?鮭?ツナマヨ?」

「エビマヨ」

ここに来て気が晴れたのならよかった。

「携帯鳴ってない?」

「私?」

立ち上がらず寝そべって手を伸ばし、バッグから取り出した携帯を見て、かなはまた一気に喜びを溢れさせた。

「大貴?」

「秘密〜」

「うざ」

「最近できたお友達〜」

なんだ友達できたのか、よかった。


「ねぇ、みさき先生って可愛いよね」


は?


「もうみさき先生呼び?」

「大人っぽいけど可愛くていい匂いでさ」

「お前の方が可愛いから」

「え、なにそれ〜」アハハ

「素直に喜べ」

「そうだみさき先生ってさ」

「あ!忘れてた明後日抽選会だったな」

「そうだっけ」

「午後からだから行ってくる

 達川からメール来てたんだった」

「あ!そう言えばちはちゃんどうなったかな!

 自分に精一杯で聞くの忘れてた!」

「なにが?」


「達川先生紹介したの」


ブーーーーーッッッ!!


「汚な!ビール吹かないでよ!」

ゲホゲホゲホッ

「ちょ!なんだよそれ!」

「ちょうどいいかな〜って」

「ちょうどいいってお前」

「だって新見さんのこといいな〜って言うから

 似たようなもんじゃん」

「現役の高校教師に女子高生紹介するとか

 ほとんど犯罪じゃないか」

「じゃあ私と先生はどうなるの」

「まぁな」

時々突拍子もないことをする。


飯を食べ終えても大貴はまだ来なくて、かなはごろごろと寝そべってテレビを見たりしていた。

絶対寝るだろうなとは思った。




「おう、お疲れ」

「ごめん遅くなった」

1時間ほど経って大貴は来た。

「かなちゃんは?」

靴を脱ぎながら中の様子を伺う。

「あっち」

リビングに入ると、大貴は嬉しそうに笑った。

「寝ちゃったか、可愛い」

「飯は?唐揚げくん残ってるけど」

「食べたい」

「1個」

「1個か」

仕事が終わってスーパーに寄ったら何もなかったらしく、カップラーメンを買って来ていた。

「カップ麺全部食べれなくなった」

「まだそんな年じゃなくね?」

カップの中にはまだ麺が残っていた。


「どうだった?クラス」

「俺担任、早瀬は6組、涼太と後藤」

「あ、そうなんだ

 淳一が担任なんだ」

「かなが仲良く出来そうな女子はいないらしい

 早瀬が俺に説教垂れるくらい心配してるレベル」

「まじか」

「なんかさ…考えてしまうんだけど」

大貴が寝ているかなを撫でる。

それは本当に愛おしそうに。

「何を?」


「俺が青藍に呼ばなければ

 かなは普通の女子高生みたいに

 女子の友達と遊んで普通にクラスにいれたんだろうなって」


こんな事になるとは微塵も想像しなかった。

野球の事以外考えなかった。


高校生なのに


居心地わるいんだろうな、教室。


大貴は何も言わなかった。

かながうちに来なかったら出会っていない。

それは、俺も同じだ。


かなが来ていなかったら



俺は野球の楽しさを知らないままだったかもしれない。



かなに背負わせた野球の代償が、これだと思わずにいられなかった。



どちらを取るかと聞いたら




かなはどちらを選ぶだろうか。

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