第7話 青井くんち

「11(イレブン)、例の件だが」

「はい、確認します。ぬかりありません」

 私は電話を切る。

 電柱のそばから離れて、向かいのアパートに向かう。

 今日、私は友人の青井くんのうちに遊びにきた。

 表に階段のついた2階建ての白いアパート。

 その1階が青井くんのうちなのだが。

 私はインターホンを押した。

 ガチャリ、と音がして扉が外に開く。青井くんが出てきた。彼は白いTシャツに青い短パンを履いていて、つま先を出して足の甲を覆ったつっかけサンダルを履いていた。

「どうぞ」

 青井くんは若干、けだるげな様子である。

「おじゃまします」

 私はたたきで靴を脱いだ。

「腹減ったろ、メシでも食う?」

「いや、朝が遅かったから。ーーなんで暗いの?」

 物理的に部屋は電気が消えていてまっくらだ。

「暑いから電気消してるんだよ。節電」

「どういうこと?」

「電気が熱を発するだろー。じゃ、おれ、メシ作ってきていいかな」

「どうぞ」

 青井くんは玄関脇にある台所へ向かった。黒いガスコンロが一口あり、大きなフライパンが乗っている。

 青井くんはフライパンに水を入れ、コンロの上に置くと、コンロのつまみをひねってフライパンを火にかけた。それから、青井くんは上の棚に手をのばして、スパゲティーの袋とレトルトパウチの袋をとりだした。コンロではフライパンの水がぐらぐら煮えはじめた。青井くんは使いかけのスパゲティーの袋から麺をとりだして沸騰したお湯に入れた。それから、一度、シンクの上に置いていたレトルトパウチの袋をとりあげ、フライパンの麺の上にぶちこんだ。

「えっ!!」

 私は声を上げる。

「えっ!! いいの!? それでいいの!?」

 青井くんはこともなさそうにこちらを見る。

「いっしょに作っちゃったほうが早いだろ」

 私は黄色い麺の上で煮られているミートソースの包装をながめた。

「そういうもんかなあ⋯⋯」

 青井くんはフライパンの前に立ったまま、ときおり、引き出しからとりだして用意したわりばしで麺をつまみ、ゆで具合を味見していた。タイマーなどはないらしい。

 青井くんはシンクの下を開けて、皿とどんぶりを用意した。プラスチックのざるもでてくる。

 青井くんは麺を味見すると、丼の上にざるを置いて、フライパンをその上にあけた。ミートソースの袋はよけて、湯切りをした麺をざるから皿にあける。青井くんは袋の包装を切って麺の上にミートソースをかけた。私は料理番組の生徒役のような気持ちでその場を見守っている。

 これでおわりかと思ったら、なんと、今度はシンクの下から袋麺のラーメンが出てきた。

「ええー!?」

 青井くんは袋をやぶり、どんぶりの中に袋麺を投入した。麺にスープがしみこんでいて、そのまま放っておけばスープ付きのラーメンになるタイプの製品だ。

 青井くんは冷蔵庫へ行って、白い卵を一つとってくると、どんぶりの麺の上に卵を割り入れた。

 麺に麺を合わせるんだとか、そもそも、お湯をいったい何回使うんだとか、私には様々な驚きとカルチャーショックが内心、ひろがっていた。

 青井くんは卵のからをシンクの戸棚にひっかけてあるビニール袋に捨てた。さすがにこれは食べないだろうと私はほっとした。

 灯の消えた部屋の中で、青井くんは丸いローテーブルの前に座る。あぐらをかいて彼は、

「んじゃ、お先に」

と言って、スパゲティーとラーメンを交互にすすりはじめた。

「麺に麺はどうなのかな?」

「スープがわりだよ。スパゲティー1杯だけじゃ腹ふくれねえし」

「スープ⋯⋯」

「半チャンラーメンとか、あるだろ?ああいうやつ」

 青井くんの家には風呂がない。トイレも共同式で、部屋の外にあるのだという。

 私はてっきり、この3畳の部屋で彼がなにか大がかりなことをかまえでもしているのではないかと疑ったが、どうやらその心配はまるでなかったらしい。

 青井くんが出かけるというので私も外に出ることになった。パン屋へパンの耳をもらいにいくという。私たちは話しながら、電柱のつらなる白昼の歩道を歩いた。

「まさか、どこかでにおいをかぎながら、そのパンの耳を食べたりしないよね?」

「それはさすがにない」

 そんなことをしていたテレビタレントがいたらしい。

 青井くんは一笑にふして、パンの耳をもらいに道の角を折れていった。

 私は彼と別れて道みち、満足に思いながら歩いていく。

 私はこの星の征服をたくらむ惑星の一人として、今、この星の風習を見るために先陣として送りこまれた者だが、一事が万事この調子なら、この星の征服はなんてことないのかもしれない。それにしても彼の節約?というか習慣はとっぴだけども。

 私は歩きながら、おもわず、笑ってしまった。

 ただの貧乏人じゃないか。恐れるにたらない。


『しょくぱん堂』と書かれた赤い屋根の建物に、青井和裕は入っていった。

「いらっしゃいませ」

 店の若い女性店員が白い三角巾をかぶった頭を下げる。

「パンの耳ください」

 青井は単刀直入に言う。

「少々お待ちください」

 店員は奥に引っこんでいって、厨房からビニール入りのパンの耳を持ってきた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 青井は言って、透明なビニールを受けとる。この店はただでパンの耳をゆずってくれるのだ。

 青井は外に出て、ポケットから電子タバコをとりだしてスティックを刺し、口にくわえたまま、ボタンを押す。

「⋯⋯地球人もなめられたもんだなあ」

 日頃の生活習慣もなにもかも、あますところなく青井のくせである。そこにうそいつわりはまったくない。

 しかし、相手の文化をまず見定めにくるとは、友好的なのかしたたかなのか、よくわからない。

 青井がたまたま、うわさで聞いただけで、そうでもなければ相手を疑ってみたこともない。

「ま、どうなのかね?」

 宇宙人の侵略とそのための視察。真偽すら不明だ。

 青井はパンの耳の袋を片手にぶら下げたまま、しばらくそうして軒下で電子たばこをくわえていた。


(了)





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