第14話「灰の境界」
翌朝。
霧は晴れ、谷には静かな陽光が差し込んでいた。
だが、その静けさが一夜の騒乱を帳消しにすることはなかった。
工房の裏手には、焼け焦げた痕とわずかに残された血の跡。
リオは黙ってそれを見つめ、深く息をついた。
「ヴァル。このままじゃ、また来るよね」
「来るだろうな。やつらが追っていたのは“お前”と“残骸”だ。ならば──こちらから先に動くべきだろう」
「……場所は、分かってるの?」
「おおよそな」
ヴァルはアーキ・パネルに座標を投影した。
それは、地図上でも黒く塗りつぶされた区域――旧帝国の極秘区画、廃都カシェルの北側に位置する“第七試験区”。
「ここは、かつて帝国が兵器実験と研究施設を密かに置いていた区域だ。“Ω因子”も、ここで生まれたものの一つだとされている」
「じゃあ……魔導獣や、あの残骸も?」
「おそらくはな。……そして、お前の“家”とも、縁があった場所だ」
リオはヴァルを見上げる。彼女はすでに知っていた。
──自分がフェルミナ家の血を引く者であることを。
だが、それをいま口にするのは違う。
彼女の心は、今はただ「真実を知るため」に向いていた。
「行こう。リオ。決着をつけに」
「うん。……今度は、あたしの意志で」
機導バックパックを背負い、ライトアークを腰に装備する。
工房に残されたヴァルの予備部品から、リオは簡易型のアームサポーターも装着した。今の自分にできる最善を、装備に託すためだ。
グラディアは既に先行偵察モードで展開中だった。
戦術パネルを通じてヴァルがリモートで制御している。
道中、谷を抜け、古い街道を越え、廃都の北端へ。
次第に空の色は灰がかり、地表にはすすけた鉄片や焼け石の残骸が現れ始めた。
「ここが……」
瓦礫に埋もれた通路の先、半壊した鉄扉の向こうには、明らかに人の手によって封じられた空間があった。
ヴァルの魔導式開錠ユニットがそれを解き、軋む音を立てて扉が開く。
──そこは、灰に覆われた廃棄実験施設だった。
割れた試験槽、崩落しかけた天井、沈黙した魔導管。
ただ一つ、中心にぽつりと残されていたのは──黒ずんだ魔導装置と、そこに抱きつくようにして止まった小さな人形。
「これ……子供……?」
リオは目を見開く。人形か、義肢か、それとも“誰か”の残骸か。判然としない。
だが、何かが胸を締めつけた。
「ヴァル……これ、まさか……」
「ああ。これが“Ω因子”の原点だ。魔導獣を作り出すために、生体と魔導機を融合させようとした──帝国最悪の実験の痕跡だ」
「……!」
リオは、言葉を失った。
それが意味するもの。その場所に“かつて誰かがいた”という重さ。
命の名残を、踏みにじることも、正義の名で塗り替えることもできない。
「リオ。お前は、どうしたい?」
問いかけるヴァルの声は、静かだった。
それでも、彼は彼女の決断を待っていた。
リオは、拳を握った。
「……こんな場所が、もう誰かの“始まり”になっちゃいけない。だから、あたしはこれを、終わらせたい」
「ならば──破壊しろ。証拠はすべて記録した。残すのは、お前の意志だけでいい」
「うん……!」
ライトアークを構えるリオ。その一撃が、かつての“遺産”を灰に還す。
悲しみと憤り、そして願いを、すべて抱いて。
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