第8話「未熟の証、そして誓い」
──翌朝。
村に戻った交易隊の一行は、静かに迎えられた。
皆、無事ではなかった。だが誰も欠けてはいなかった。
それは、奇跡とも言える結果だった。
ヴァルが操る
村人たちが荷を下ろす中、リオは小屋の裏でひとり、黙って空を見ていた。
朝焼けが、目に痛い。
心のどこかが、まだ昨日の土砂の中に埋もれたままだった。
──あたしは、何もできなかった。
拳を振った。叫んだ。走った。
だけど、それだけだった。
あの時、ヴァルの人形が現れなければ、全滅していた。
自分が“戦った”のではなく、ただ“立っていただけ”だったことが、身に染みてわかる。
悔しかった。
恥ずかしかった。
けれど──
「……くやしさで終わるなら、それまでだな」
その声に、リオは振り返った。
そこにはヴァルがいた。
彼は
「来い。見せてやるものがある」
無言で従う。
二人は工房へと戻った。
扉の奥。いつも閉ざされた棚の前で、ヴァルは魔導盤を操作した。
棚が開き、白布に覆われた長い何かが姿を現す。
ヴァルはそれをめくった。
──それは、金属の籠手だった。
だが、ただの武装ではない。
魔導刻印の走る関節。剣ではなく、拳そのものを力とする設計。
巨大な“鉄の拳”。
「……これって」
「新しい試作型だ。名はまだない。だが、お前のために作っていた」
リオは、目を見開いた。
自分のために──?
あたしは、まだ何もできないのに。
「……ヴァル」
「未熟者が、戦いの中で磨かれるには、それに見合った道具が要る。これは、“未完成”な力のための武装だ」
リオは無言で、その籠手に触れた。
冷たい金属が、指先に重みを伝えてくる。
あの戦場の、熱と痛みと絶望が、よみがえる。
でも、同時に──
あの時、守れなかった人たちの顔が、頭をよぎった。
「……名前、いいですか?」
「好きにしろ」
リオは拳を握った。
「“グレンナックル”。そう名付けます」
ヴァルは微かに口角を上げた。
「悪くない」
リオはもう一度、籠手を見た。
まだ重い。まだ、自分には使いこなせないかもしれない。
だけど──
「……あたし、強くなります。あの時、“戦えなかった”あたしじゃなく」
「戦えなくても、立ち止まらなければいい。戦場に立つとは、そういうことだ」
リオは深く頷いた。
そして、ゆっくりと左手をグレンナックルの中に差し込んだ。
金属の関節が、ぴたりと閉じる。
“未熟”という言葉が、今はもう恥ではなかった。
それは、まだ終わっていないという証だった。
──あたしは、もう逃げない。
“誰かを守れる強さ”を、必ず手に入れる。
この手で、この拳で。
リオ・フェルミナは、そう心に誓った。
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