第8話 世界の秘密
毎日毎日楽しんでいた。
心の底から大好きだった。
そんな、ボールを持つことが苦痛になった。
新しい人生で後悔はしたくなかったはずだった。
たった1つだけでも、自分が決めたことをやりきろうと思っていた。
……でもこれはないだろ。
物心がついてからずっとやりこんでいた。
僕の人生そのものと言ってもいいものだった。
――ソレはただの同い年の女の子に簡単に負けるものだった。
両親が毎日ほめてくれていたのはなんだったんだ……。
僕は
「…………僕、勘違いしちゃっていたじゃないか……」
それから何度も、両親からボール遊びに誘われた。
そのたびに僕は、今日も保育園で散々ボールで遊んだからと断った。
――家の中を毎日飛び回っていたボールは、おもちゃ箱のすみでさびしく動かなくなった。
両親も少しずつ、僕のことをボール遊びに誘わなくなっていった。
…………。
夜にリビングで両親が会話をしている。
「あれだけボールが好きだった聖太が、遊ばなくなるものなんだね」
「今日も別の遊びをしたのよ、お友達から受ける影響って大きいわね」
「保育園に行かせて大正解だったな」
2人の目を避けながら子供部屋に行った。
気合を入れておもちゃ箱からボールを手に取る。
……それが限界だった。
胸の奥からあふれ出した気持ちで顔がゆがむ……。
涙はなんとか押さえつけた。
僕は静かに……。
……そう、静かにボールをおもちゃ箱のすみに戻した。
――僕は
おもちゃ箱のおもちゃを
その日僕はちょっとだけ大人になった。
…………。
次の日の朝は、すっきりと目覚めることが出来た。
「人間にとって忘却は重要な機能なのかもしれないな……」
僕は少しだけ世界の秘密に触れた気がした。
――――。
朝ごはんを食べて、着替えて保育園に出発する。
保育園につくと、僕は絵を描き出した。
もちろん描くのは大好きなバッタもんの絵だ。
好きって素晴らしい。
僕の心を前に向かせてくれる。
母よ。
役立たずと思ってすまなかった。
母の言ってくれた通り、僕にはまだ何にでもなれる可能性があるかもしれない。
夢は若さの特権なんだ。
ためらわずに色々と試していこう。
明日を向いて歩いていこう。
絵を描くことに夢中になっていると足音が近づいてくる。
嫌な予感がする……。
「聖太ちゃん、遊びましょー」
顔を上げるとそこには思った通り、
何が楽しいのか分からないが、この女は毎日僕に付きまとってくるのだ。
そのせいで、自由時間のたびに相手をさせられている。
いまいましいことに、保育士もそれを見て勘違いしたのか。
グループカリキュラムのペアに彼女を毎回指定してくる。
僕にとって彼女は、物語に出てくる魔王のような存在になっていた。
一度それについて文句を言ったのだが。
「のぞみ先生、グループ学習は共同生活の学習する場でもあるはずです
特定の子供同士でかたよらずに、色々な組み合わせにしてください」
「そんなこと気にするのは小学生になってからで十分よ、琉凛ちゃんも聖太くんも癖が強いから調度いいのよ」
「るりちゃんはともかく、僕も癖が強いんですか?」
「聖太くんは琉凛ちゃん以外とは、誰とも交流できてないでしょ?」
……なんて失礼な人なんだ。
その日だって男の子たちが集まってドッジボールをやっているちょっと奥で。
混ぜてもらいたそうな目をしていたら、こぼれたボールが足元に流れてきたので。
黄波くんに渡して一言、ボールどうぞと挨拶をするという。
パーフェクトコミュニケーションを達成していた。
子供に理解のない大人が保育士をやっているなんて、この園は大丈夫なんだろうか?
…………。
園の行く末を心配していると、いつの間にか隣に来ていた琉凛が僕の絵を覗き込んでいた。
絵をみながら問いかけてくる。
「聖太ちゃん、それバッタもんの絵?」
「そうだよ、僕の尊敬する1号だよ」
「私もバッタもん描くよー」
そう言うと彼女は自分のスケッチブックを取り出して筆を走らせる。
この女もバッタもんを知っているのか?
同好の士ともあれば、魔王扱いはやめて四天王くらいにしてもいいかもしれない。
少しためしてみるか。
「るりちゃんもバッタもん見てるの?」
彼女は筆を止めないまま答える。
「聖太ちゃんが好きと言っていたから見始めたよ、面白いね」
「そうなんだ、バッタもんは素晴らしい作品なんだ!」
……この女、見所があるじゃないか。
「この前の回も良かったね、4号のキャプテンシャールのお話」
「右目と右腕を奪われて相打ちになったはずの仇敵だった、ミカエル・パーンとの戦いは見逃せなかったね!」
「最初は死んだ相手が出てきたと思って驚いていたキャプテンだったけど、
パーンはネバーランドにさらった子供たちの夢の力で復活していたんだよね」
「シャールが失った右手の代わりに装着した、イカリ付きロープによるアクションがすごかった」
「そうなんだよね、イカリ付きロープを使って相手を捕まえたり立体的な動きができるだけじゃなくて
ワイヤーロープ部分で相手を切り裂いたり、回転させることで防御に使ったりもできるんだ」
「パーンによって大人は悪人であると洗脳され、助けにきたはずの子供たちに攻撃されドキドキしたね」
「うんうん、シャールがさらわれた子供たちの中に探していたエーボがいなかったので、
パーンが大人になった子供を処刑していたことに気がついて、説得に成功するんだよね」
「パーンも悪役なんだけど、子供たちの純粋な夢を守るために戦っていたのも良かったよ」
……。
「僕が連れてきたのは大人になりたくない、ずっと夢を追い続けたいと言っていた子供たちだけだよ」
「夢を持ち続けるという約束を破って、大人になってしまった子は腐った林檎なんだ」
「腐った林檎は周りも腐らせる、取り除かねばならないんだ」
「そこに新鮮な林檎をかじりながら1号が現れて、うちの2号は貧乏でいつも見切り品の
腐った林檎を食べ力にしている、パーンお前は切り捨てた腐った林檎によって敗れるのだ」
「そう言って2号による不意打ちで倒すのが本当にかっこよくて最高だったよ!」
……。
「出来た!」
バッタもんの話に熱中していたら、彼女はもう絵を描き終えたらしい。
軽く目を向けてみる。
「えっ!?なにこれ?うまっ、えっ?」
そこにはまるで画面から飛び出してきたかのような、みずみずしい林檎をかじる1号の姿があった。
「デッサンとかやってるの?それでも上手すぎない?」
この女……絵を描く才能もあるのか。
……神はどこまでこいつを愛せば気がすむんだ。
「うふふ、ありがとう。」
「私の絵ってそんなに上手?」
「……そうだね、びっくりしたよ」
少しだけ暗い気持ちを押し殺しながら答える。
すると彼女は驚くような提案をしてきた。
「それなら、私の描いた絵と聖太ちゃんの描いた絵交換しよっ!」
「えっ?本当にいいの?」
僕の絵はひいき目に評価しても、ピカソが二日酔いを我慢しながら左手で描いたような出来である。
それをこんな天上の作品と交換してくれるというのか?
――琉凛はもしや女神なのでは?
今まで心の中で少し悪く言っていてごめんよ、今度からはバッタもん関連では仲良くしよう!
「もちろんだよ、それじゃ交換するね」
そう言うと彼女はうれしそうに僕の絵を手に取った。
渡された絵が汚れないように、僕もスケッチブックの真ん中に慎重に彼女の絵をしまった。
この絵は家宝にして伝えて行くことにしよう。
母におねだりして額縁の中に飾らねば!
「お絵かきも終わったし、次はボールで遊びましょー」
彼女はそう言うと置いておいたボールを手に取った。
「うん、一緒に遊ぼう!」
僕は初日以来、ようやく明るい気持ちで彼女に返事ができた。
ポーン。
彼女がボールを僕に投げてくる。
ポテンポテン。
僕もボールを投げ返す。
ポーン
ポテンポテン
ポーン
ポテンポテン
ポーン
ポテンポテン
ポーン
…………。
僕は少しだけ彼女と仲良くなれた気がした。
だから、今まで思っていても聞けなかったことを。
軽い気持ちで彼女に聞いてみることにした。
ポーン。
「ねえ、るりちゃん」
ポテンポテン。
「なーに?聖太ちゃん」
ポーン。
「るりちゃんってどうしてボール投げ上手なの?」
ポテンポテン。
「……うーん、どうしてかなー?上手くなろうと考えながらやっているからかなー?」
「考えながら……?」
「うん、前回こう投げてこうだったなら、次はこうしてみようみたいに
少しずつでも毎回よくなる様にしてるだけだよ」
「聖太ちゃんはどんな気持ちでボール投げてるの?」
「どんな気持ちって……えっ、そんなこと考えてなかったよ」
「ボール投げているだけで楽しかったし……。」
「聖太ちゃんって同じことをずっと繰り返しているだけで楽しかったの?」
「あはは、聖太ちゃんって面白いの」
――――これが彼女と僕の差だったのか――。
僕はただボールを楽しんでいただけだったが。
彼女はボールが
追いつかないはずだ。
離されていくはずだ。
僕と彼女では人生の価値観そのものが違うのだから。
「うふふ、お稽古の先生に言われていることの受け売りだけど参考になった?」
……この年でもう習い事までやっているのか。
僕と彼女は生まれそのものも違ったみたいだ。
「うん、とっても参考になったよ、ありがとう」
「どういたしまして」
――今教わったことが僕にもできるだろうか。
彼女の投げてきたボールを受け止めてから考える。
彼女の投げ方を思い出す。
そうして力いっぱい投げたボールは空高く飛んで行き。
僕の後ろに着地した……。
「うふふ、あはは、聖太ちゃんったら面白いんだから」
ボールを取りにいきながら僕も。
彼女に顔を向け苦笑した。
…………。
その後も色々な投げ方を試してみたけど、僕に合う投げ方は分からなかった。
すぐに成果が出るものではないのかもしれない。
今後も見つからないままかもしれない。
それでも僕は新しい考え方が持てたこと。
久しぶりにボールを楽しむことが出来たこと。
そのことがたまらなく嬉しかった。
…………。
お昼になったので今日はそのまま、2人で机にお弁当を並べる。
「聖太ちゃんのお弁当っていつも美味しそうだね」
「うん、美味しいよ、ママは料理の天才なんだ」
母の料理が世界で一番美味しいと疑っていなかったので。
他人の食事にまるで興味がなかったのだが。
仲良くなったことで少し興味がわいたので、彼女のお弁当を見てみる。
…………ん?僕の弁当箱よりずっと大きいな。
高級そうなお弁当箱の中には、茹でてほぐしただけだと思われる鶏肉と豚肉。
まわりにたっぷりと敷き詰められた生野菜と茹で野菜。
果物たちが周囲を彩り、ご飯とチーズが白い領域を作り出していた。
んー、こういう食事どこかで見たことがあるんだよなー?
彼女はいただきますと挨拶をして、ドレッシングもかけずに食べ始める。
「えっ、それだと味気なくない?」
思わず言葉が出てしまった。
もぐもぐと彼女はお行儀よく口に入っているものを食べ終えてからしゃべる。
「フィジカルトレーニングのコーチの監修だよ」
たくましいと思ったら、今世の女の子はフィジカルトレーニングをするものらしい。
「これでもサバイバルの食事よりずっと美味しいんだから」
「えっ?サバイバル?」
「そう、サバイバル」
「聖太ちゃんがサバイバルの食事を食べたらびっくりしちゃうよ」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
……サバイバル。
女の子とはかけ離れた言葉に聞こえるが……。
「サバイバルなんてやってるの?」
「やってるよー」
いくらなんでも小学校前の女の子にサバイバルの訓練は必要ないだろう。
もしかしたら虐待されているかもしれない。
恐る恐る質問してみる。
「ええとその、答えにくい質問かもしれないけど無理やりやらされているとか……?」
「無理やり……そう言えなくもないけど私ってダンジョンに潜らないといけないお家だから」
「ダンジョン!?」
「そうダンジョン」
今ダンジョンって言った!?
もしかしてこの世界って……!
「一度入ったら2時間は出られないとされている梅田ダンジョン的な?」
「うふふ、なーにそれ」
「東京のダンジョン的なバーチャルなリアリティでもなくて?」
「あはは、バーチャルリアリティなんてファンタジーじゃないんだから」
「聖太ちゃん知らないの、ダンジョンっていうのは大きな穴があってそこに入ると別世界が…………」
「んほぉ〜!!ダンジョンきたああああああああああああああああああああ!!!」
「そうだよねそうだよね、チートとファンタジーは切り離せないもんね」
「神様ありがとう、僕のチートはそこにあったんですね!センキュー!」
…………。
「聖太くん、お食事中に騒がないでください」
ひかり先生に怒られてしまった。
でもそんなことは今はどうでもいい。
神様ったら僕のことを散々じらせて意地悪なんだから。
ダンジョンがあるなら最初から教えておいてよもー。
生活の中でチートを見つけようと無駄に頑張っちゃったじゃないか。
勘違いしてチート人生を
ダンジョンだ。
僕の全てがダンジョンにあるんだ。
ダンジョンに行けば全て上手く行くんだ。
何がボールだよ。
何が保育園で共同生活の訓練だよ。
それダンジョンで何か役にたちます?
「んふふふ、聖太ちゃんって本当に面白いんだから」
急に騒ぎ出した僕を見て琉凛が笑っていた。
そういえばこの女、ダンジョンに関係する家だって言っていたな……。
つまり、この女は僕をダンジョンに導いてくれる。
僕にとっての青い鳥ということか!?
――徹底的に
嫌らしい笑みを彼女に向かって浮かべる。
そんな僕の顔を見ながら。
彼女は本当に楽しそうに笑っていたのであった。
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