「第二十一話」記憶③


 ”天道家の現人神が遂に神と契約した”


 空が鮮やかな青色に戻ってからもう三ヶ月が経とうとしているが、私自身のこの噂はまだまだ根強く灯っているようだ。任務だろうが呼び出しだろうが、とにかく移動すれば必ず誰かにこのことを聞かれる。……そして全員が全員、口を揃えてこう言うのだ。


 『”なんでそんな、黒い太陽の神なんかと契約しちゃうんだ”……なーんて』


 そう、三ヶ月前。

 私はあの黒い空に浮かぶ黒い太陽、その原因と思わしき神格との契約を果たした。……互いの了承の上だった。実力を認め合い、契約するならお前しかいないと。

 

 『失礼だと思わない? 私達はお互いがそうしたかったから契約したってのにさ』

 『さも当然のように美化するのやめろ』


 畳の上に寝そべりながら、不満そうな顔でバリバリと煎餅を食らっているコイツこそが、私が契約した黒い太陽の神……【黒曜神】天翳日蝕神である。因みにこの名前は私がつけたものだ。


 『別に美化なんてしてないけど? あの時、快く了承してくれたじゃない』

 『殺し合って、お互い血塗れで、俺だけ瀕死でお前だけまだ余裕ある状況で、だ! なーにが快く了承だよ、あんなもんただの脅迫だろうがクソッタレ!』

 『うっわ信じらんない煎餅食べながら大声出さないでよきったない!』


 髪についたカタマリを払いながら、私はふぅ、とため息をついた。

 カゲルはカゲルでなんかイライラしてるし、契約してからずっとこの調子である。……ご飯は一緒に食べてくれるようになったし、話しかけたら口は悪いが答えてくれるからそんなに嫌われてるわけではないと思うのだが。 


 『大体なんなんだよ、お前。有り得ないだろ』

 『えっ、やっぱり美人すぎる?』

 『……実力”も”だよ。なんだお前、俺と殺り合って五体満足で生きてるだけに留まらず、ボッコボコにして脅迫まがいの契約を結ばせる? お前、確実に人間じゃあないだろ』

 『……』

 『おっ、顔赤くなってきたな。流石のお前でもヘラヘラしてられねぇか、よっしゃ今度こそテメェをボコボコにしてやるから表に』

 『美人っての、否定しないんだなぁって……』


 冗談のつもりで言ったんだけどな。まさか否定せずにそのまま喋るとは思わなかった。

 なんかドキドキするな。……ちらり、恥ずかしいけどカゲルの顔を見てみる。


 『……えー』


 なんかすっごい顔されてるんですけど!?

 なにあの顔。口端が目の下にくっつくそうなぐらいおかしなことになってない!? 


 『なっ、なによ失礼ね! ブツわよ!?』

 『まだなにも言ってねぇじゃん』

 『んなこたぁ顔見りゃ分かるわよッッ! どうせアレでしょ、”うわー自分のこと美形って思いこんでるんだカワイソー”とか思ってるんでしょ!?』

 『えぇ……』


 息を荒くして思わず立ち上がってしまったが、これではまるで私のほうが大人げないではないか。……深呼吸。座ってからが、気まずい。


 『その、なんだ。……まぁ美人ではないと思う、悪いけど』

 『ううっ、アンタに気ぃ遣われると余計に心が死ぬ〜』


 膝を折り畳んで三角座り。そのまま腰を支点に揺り籠のように前へ、後ろへ。


 『……美人といえば、アイツどうしたんだよ』


 ただただそれを繰り返す私の虚無に耐えかねたのか、カゲルは次の話題を切り出した。


 『アイツ、って誰のこと?』

 『アイツだよ、アイツ。ほら、お前と同い年のくせに色気も気品もなにもかも桁違いのいい女だよ。この前、お前が風邪で寝込んでた時に来てた任務、肩代わりしてくれたじゃねぇか』

 『……あー』


 言いたいことは、分かった。

 コイツは多分、アイツと私の最近の関係性に興味、疑問があるのだろう。……親友だの大好きなやつだの、コイツがまだ荒れてた頃に散々聞かせまくったから。


 うん。

 そう、だよね。気になるよね。


 『喧嘩でもしたのか?』

 『えっ』


 ああ、契約してるからか。……三ヶ月経ってもまだまだ慣れないなぁ。


 『そんなんじゃないよ。ただ、その……』 


 まぁ、黙ったって分かるんだから、言おう。


 『なんか、避けられてるなぁって、思うかな』

 『……』

 『そりゃあ、私の体調が悪い時に任務を肩代わりしてくれたから、嫌われてるとかは……まぁ、無いとは思うんだけど』


 いまコイツはなにを思っているんだろう。

 私の不安、恐怖に対して興味など無いように見える。実は真面目に聞いている? それとも、神様らしく全体を把握したうえで真実にあらかたの目星をつけ……その上で、私になにも言わずに黙っているのかな。


 『んま、俺には関係ないしどうでもいいんだけどよ、あんまシケた面されるとこっちまで調子狂うんだよな』

 『そんなこと言ったってさぁ』

 『違和感すげぇんだよそういうの。お前はヘラヘラ笑ってる方が似合うんだ、分かったらとっとと……ぁ』


 言いかけて、カゲルは即座に顔を隠して舌打ちをした。

 私はきょとんとしていた。でも、すぐにコイツがなにを言いたいのか、なにをおもっているのか分かった。……大きなため息が、聞こえた。


 『ホント、こんなんばっかなのかよ人間って』


 そう言って、彼はさっさと顕現させていたその姿を隠してしまった。

 神だからとか、得体が知れないとか、そういうの全部関係なくて……まぁ、そうだね。アイツはそうだ、隠しきれないほどとんでもないお人好しなのだろう。


 『……ありがとう』


 そうと決まれば善は急げ! 

 元々私宛ての任務なんだ。場所は大体分かるし、走れば一日かからない……さっさと元気な姿を見せて、さっさと任務を手伝って終わらせて、それで、ちゃんと。


 (……なんで私、避けられてたんだろう)


 そういえば、なんで?

 考えたこと無かった。嫌われたかも、絶交されたのかもとかそんなことばっかり考えてたから……どうしてそうなったのか、その理由を考察してなかった。


 『……うーん、わかんない!』


 まぁ、とりあえず行けばいいか。私は特に考えもせず、いつも通りに家を飛び出した。

 まずはありがとう。いいや、ごめんなさいが先か? いいや、なにを謝っているのかも分からないまま謝るだなんて滑稽にもほどがある……なんでもいい、早く行こう。


 (久遠。私、アンタのおかげで元気いっぱいになったよ)


 早く行って、早く会いたい。


 (ありがとう、って。まずは言いたいな)


 そう、思っていた。

 まさかこの時、既に自分の親友が死んでいるだなんて思いもしなかったから。

 

  

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