「第三話」黒い流星

 それは最早、個としての存在を遥かに超えていた。

 山と同じかそれ以上の巨体が一歩、また一歩と大地を踏みしめる。そのたびに地は震え、空もまた揺れる……文字通り、山そのものが意思を持って進撃していた。


 「なに、あれ……」


 祟神。しかも、かなり強大な力を持つ神の成れの果て。

 じゃなければこんな、こんなに穢れた濃い神性がここまで伝わってくるはずがない。

 

 「ヒナタ!」


 異変を感じ取った親父とフウカが、険しい顔で走り込んでくる。

 

 「また祟神か! しかもあんな巨大な……一体どこから顕れた……!?」

 「……【山神】様?」

 「えっ?」 


 祟神の方を見るフウカが、青ざめた顔でそう零した。


 「あの祟神から、【山神】様の気配がするんです」

 「──有り得ん。山の神ともあろう御柱が、信仰を失った成れの果てである祟神に成り果てる筈がない!」


 【山神】杜護命動神もりごのめいどうしん。この国におけるあらゆる山や森などを司る神。

 無論、その御柱に注がれる人々の信仰は凄まじく、そこから振るわれる力もまさに地を抉り変形させるほどに強大。常に敬われ、畏れられる存在であり、ましてや忘れられて祟神になることなどない、あるはずがなかった。

 

 「でも実際、祟神になってる」

 「っ……」


 私の一言に歯噛みした親父は、鼻から息を大きく吸って、それから吐いた。……そして再び開かれた眼に動揺は消えていて、いつもの冷静さが戻ってきていた。


 「フウカ、お前と私はアレを鎮めに行く。他の巫女にも伝えろ、急げ!」

 「──はいっ!」


 直後、印を組み上げたフウカを中心として風が巻き起こる。契約している【風神】の”権能”の一部を借用することにより、彼女は風を操り空へと舞い上がり、そのまま目にも止まらぬ速度で飛んでいった。


 親父もそれを追いかけようとする。


 「待って!」


 一歩踏み出したところで踏み留まる。しかし振り返っては来ないし、なにか言葉があるわけでもない。

 圧を掛けられている。無言で。


 「その、えっと……私も」

 「お前は、なにもしなくていい」


 バッサリと切り捨てられた。胸のあたりに吐き出したいモノが上がってきた頃には、走り出した親父の背中はもう見えなくなっていた。


 なにもしなくていい。

 それは、”落ちこぼれ”と。そう言われているようにしか聞こえなかった。


 なにもしなくていいのは、なにをしても無駄だから、そもそもなにかできることがあるわけでもないから。ムカつく、ムカつく、なによりそれを直ぐに理解してしまう自分に対して、ムカつく。

 

 「だっせー」

 

 意識外の斜め後ろ。

 丁度屋敷の門辺りから飛んできた煽りの主は、カゲルだった。


 「……は?」

 「だっせー、って言ったんだよマヌケ」


 腕組みしながらこっちをニヤニヤ見てくるカゲル。とりあえずアイツが、今の私を煽って楽しんでいるのは間違いない。ムカつく。

 ダサい。その意味を深く考えようとして、嫌になってやめた。


 「うっさいわね、あっち行きなさいよ」

 「あっちってどっちだよ。右か? 左か? ってかお前こそ”あっち”行かなくていいのか?」

 

 そう言ってカゲルが指さしたのは、今もなお大地を震わせながら進撃する巨大な祟神。

 わかってるよそんなの。こっちだって、行かなきゃいけないのは分かってるし行きたいよ。


 でも。

 

 「だって、私が行ったってどうにもならないじゃない」

 「なんで?」

 「なんでって、そりゃ私が──ぁ」


 言いかけて、気付かされる。

 今、私はなんて言おうとした? なにを言い訳にしようとした?


 落ちこぼれ。私は今、自分自身をそういうものとして説明しようとしたのだ。


 「……」


 そっか、違ったのか。

 落ちこぼれとか、才能ないとか、そういうことを言われてきたこともある。他の巫女から嫌がらせを受けたこともある……でも、それでも違った。


 私だったんだ。

 私自身を落ちこぼれだって、なんの才能も素質もないって一番嫌って、誰よりも見下していたのは。──やってもないのに、できないと決めつけてしまう自分だった。


 そうだ。

 ずっと、そうだったじゃないか。


 「……私、落ちこぼれだから、あっちに行っても多分なにもできないよ」

 「理由になってるか? それ」


 ──能力がないから、才能がないから。 


 「ライカみたいに霊力の扱いも、フウカみたいに掌印も結界もダメダメだし」

 「そうか? 霊力の総量だけなら、お前ってメチャクチャあると思うぞ?」

 

 ──天才にも秀才にもなれない、努力しても伸びないことなんて当たり前。


 「口悪いし、頭悪いし美人じゃないし……それから、それから──」


 ……うん、もう出ない。

 出せるものは出した。膿も毒も、全てを口からぶちまけた。


 「それでも私、巫女になりたい」


 ──全部、憧れることをやめる理由にはならない。


 「なればいいだろ」


 興味ないだろ、こいつ。すごい他人事みたいに適当に聞いてやがる。

 でもまぁむしろそれがいいとさえ思った。こんなクソ恥ずかしいこと、親父にもフウカにもライカにも言えやしない……文字通り腐れ縁の祟神にだからこそ言える、きったない本音。


 「……ねぇ、カゲル。さっき私が親父に向かってなんて言ったか覚えてる?」

 「ん、ああ。俺達が一緒にやってけるのをどーたらこーたら……それがどうかしたのか?」

 「アレ、今やりましょうよ」


 ふふん、自信満々に胸を張ってみせる。大丈夫、私ならできる……そう、自分自身を勇気づけてあげるために。

 ビシッと指をさす。祟神に成り果てた【山神】の方へ。


 「私達二人で、アイツをコテンパンに鎮めてやるのよ!」

 「──いいじゃん」


 ニィッ。カゲルは口端を上げて笑う。──直後、私は米俵のように抱え込まれる。


 「えっ」

 「面白そうだなそれ、乗った!!!」

 「えっ、わぁっ、わぁああああああああああああああああ!?!!?!?」


 ものの一瞬にして見える世界が上へ、上へ! 跳んだのか? いいや飛んでいるのか!

 この祟神は今、私を抱えながら空を飛んでいるのか!? 足からチラホラと黒炎が見えるが、アレが関係しているのだろうか?


 「あっ、アンタって空も飛べたの!?」

 「まぁな、あの【風神】と契約した巫女相手でも負けねぇぞ」

 「……ははっ」


 落ちこぼれの私と契約して……それで、【風神】と同じように空を自由自在に飛ぶ?


 あり得ない。

 やっぱコイツ、化け物だ。


 「……頼りにしてるわよ」

 「おう、任せとけ」


 そう言って、顔に当たる風が一気に強く勢いを増していく。速度が上がったのだろう、視界の端々に見える黒炎が強く激しく揺らめく……そして遂に私達は、山の如く佇む祟神の眼の前に辿り着いた。


 「──うぉお」

 

 堅牢な大樹を連想させるような外殻を纏い、その奥には剥き出しの筋繊維がよく見える。

 さしずめ緑の巨人とでも言おうか? とにかくでっかい、デカすぎる。なんだこいつは、本当にこれが……これが一柱の神が持つ神性なのか? 穢れ塗れであったとしても、眼の前にいる巨神がどれほどの力を有しているのかなど考えなくても分かる。

 

 フウカを含め、多くの巫女が束になってかかっても、びくともしない。

 私程度が加わったところで、なにかが変わるとは思えない。


 「──私の名前は天道ヒナタ!」


 でも、それでも大丈夫。

 今の私には、とっても頼りになるおっかない神様がいるんだから。


 「アンタを鎮める、巫女の名前よ!」


 カゲル! 契約した祟神の名を叫ぶと、なにを言うまでもなくやってほしいこと、伝えたかったことを察し、その上で最適な行動をしてくれる。──纏う黒炎。想起される、あの日見た最大最強の黒い煉獄。


 「ブチ込んじゃって! いっちばんキツくて強いやつ!!!!」

 

 返事の代わりに、足から噴出する黒炎の勢いが増していく。疾い、風切り音、海鳴りに似て非なる甲高い音がキィインと響く。加速、加速、加速ッ!!!


 頭から突っ込んでいくカゲルの姿勢は、【山神】がその脅威に気づいたとほぼ同時に……突き出した片足から突っ込んでいく姿勢にぐるんと変わる! 

 片足に収束していくそれは空をも歪ませ、熱を帯び……ぼぅっ、と。流れ星が尾を引くように、黒炎が漆黒の軌道を描き、そして。


 「────【漆哭星しっこくせい】ッッッッッ!!!!」


 轟ッッッッッ!!!!!!!

 黒い流星が、【山神】の顔面を勢いそのままに抉り、吹き飛ばした。

 


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