第10話 肖像画に描かれた女性

「こちらが書庫です」


 ありとあらゆる扉を開き、現れる豪勢なお部屋の数々……というびっくり箱続きのゴーリシア城内に圧倒されつつもわたしはセレンのあとに続く。


「あまり来ませんけど、調べ物がある際はたまに立ち寄ります」


「わたしもこのあたりを歩いたのかしら? まったく覚えられる自信がないのだけど……」


 あれから一時間は歩き続けているというのに、一向に城内観光は終わりそうになかった。


 迷うことなく突き進むセレンに尊敬の眼差しを向け、辺りを見渡すもどこを見ても懐かしさなど微塵も感じさせる要素はなかった。


「ぼくの記憶の限りですと、母上はずっと別棟にいらっしゃったので」


「え? そうなの? あ、心を閉ざしていたと言っていたわね」


「はい。ほとんど室内で過ごされていたように思います」


 それだったら、引きこもっていて城内をうろつく元気もなさそうね。


「あれ? じゃあ、さっきのお部屋は?」


 何重にも何重にも重ねられた扉と長い廊下を永遠にも思えるほど歩くことになったため、妃であるわたしのお部屋なのかと思っていたのだけど……


「あちらは、父上の寝室です」


「え"っ……」


 こんな声がどこから出たのかと自分でも驚いたほど、ひどくつぶれた声が出た。


「お、オースティン様の……」


 う、嘘だと言って……。


 マーガレットのお花が飾ってあったから、それだけはないと思っていたのに。


「そうです。一刻を争ったため、父上があの場で母上の蘇生を行ったと聞いています」


「蘇生って……そもそもわたしがなぜ死んだのかも聞かされていなかったわよね。いろいろとなんだか物騒で、聞くのも怖いんだけど」


「母上はまだ本調子ではございませんから、まだ告げるのは早いと言われています」


「……そ、そうよね。たしかに、この件に関しては、さすがに心の準備もさせてほしいわ」


 自分が心だとされる理由なんて、恐ろしくて正常な状態で聞けるはずがない。


 加えて、オースティン様だって、わたしのことを心配して見に来てくれたのかと思っていたけど、そりゃ自室なら戻ってきて当然である。


 それを追い返すような真似をしてしまい、いささか申し訳なかったようにも感じられる。


「でも、どうしてオースティン様のお部屋に、マーガレットのお花なんて……え?」


 書庫の奥に位置する芸術品が並ぶ室内をぐるりと回り、一枚の肖像画に目を奪われ、息を呑んだ。


 うつむきがちではあるが、薄紅色の長い髪を背にたらした女性が座っている姿だった。


 髪色と同じ淡い色のドレスもよく似合っている。


「ああ、あれが母上ですよ」


「えっ……」


 もしかしたらそうなのかな、とは思ったけど、まさか本当にそうだとは思っても見なかったから改めて驚かされる。


「あれが……おとなになった、わたし……」


 ひどく言葉にしづらい感覚だった。


「一枚だけしかないのですけど、僕が母上に問いかける場所と言えばここだけだったので、今、あの姿よりも幼い母上と一緒にここへ来れたことは不思議な心境ではあります」


「わたしもなんだか、とっても変な感じ……」


 思ったよりもきれいに描かれたその絵画に、もう少し歳を重ねたらこんな風にきれいになるのかしらと心が弾む一方で、自分とは信じがたいその姿に思わず見入ってしまう。


 表情に影を落とし、俯いているわたしは、なにを思っているのだろうか。


(なぜ、あなたが王族である氷王と結婚することになったの?)


 セレンの言う通り、心の中で問いかけてみても、彼女はもちろんながら顔を上げて答えてくれることはない。


「なんだかとても、悲しい表情をしているわね」


「……そうですね」


 それでも、肖像画を眺めるセレンの瞳は優しい。


 いつもこうしてここへひとりで来ていたのかしら?などと思ったら、胸がぐっと苦しくなった。


「ねぇ、セレン」


「はい」


「いっそのこと、新しいものに描き変えてもらいましょうか? わたしがもっと笑ってみせるわよ」


「えっ……」


「そ、それか、あなたと一緒に描いてもらった一枚でもいいわよ。こ、この絵の隣に並べてみるとか……」


 きょとんとしたセインが言葉を失い、こちらを見つめてくるため、確かに彼がかつてから眺めていたであろう思い出の一枚を取り替えるのはあまりにもデリカシーがない発言だったかと慌てて付け加える。だけど、


「あはは、この室内と雰囲気が変わってしまうのでやめてください」


「……ど、どういうことよ」


 次の瞬間、またもセレンが声を上げて笑ったため、わたしは動揺しつつも、つられて口角が上がり、笑ってしまった。


 彼は、人を笑顔にする天才なのかもしれない。わたしだって、こんな風に声をあげて笑うことはそうなかった。


 記憶の中では失恋したばかりだったし、本当に覚えている限り、笑える状況ではなかったのだ。


 いつも笑顔を与えてくれるセレンからは不思議な力を感じられる。


(ねぇ……)


 たとえばもし、あなたがこの屈託もない笑顔を見ていたら、思わずつられて笑ってしまったかもしれないのに……と肖像画に映る悲しげな表情をしたわたしに言ってあげたかった。

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