愛したい上位種と愛されたいヒトと時々世界の危機

@undermine

第1話 ヒトとトルエル

「……はぁ」


 宿の一室で男がのっそりと身体を起こす。ひどく億劫そうに目を擦る。


 そして天を仰いで一言。


「起きちまったか……」


 これは最近毎日口癖のように男が言うセリフである。目が覚めた事、朝が来たことをうっすらと呪っているのだ。


 男にとって朝は嫌なものであった。


「ふぁ……」


 ボサボサの黒髪をそのままにあくびをする。男の名前はヒト。本名はもっと長いが男はそう名乗っている。


 身だしなみをそのままに、階段を降りる。宿の女将が不思議そうな顔で話しかけてくる。


「あんた、この辺りに知り合いなんて居ないって言ってたわよねえ?」

「ええ、まあ。親類も何も居ませんからね」

「あんたの家族って言って来てる子が外にいるんだけど、人違いかねえ」

「……どんな人です?」

「デカい」

「デカい?」

「そう。全部デカい」

「巨漢って事ですか?」

「いいや、女の子だよ」

「もしかして下世話な話をしてます?」

「うーん、見てもらった方が早いだろうね。外に出てみなよ。それで心当たりがなければ返せばいいさ」

「……会うだけ会ってみるか」


 ヒトは現在天涯孤独である。生まれた時もそうだった。少しだけそうじゃない時もあったが、また孤独になった。


 おそるおそる扉を開けるとそこには女将の言葉通りの女の子がいた。


「……マジかよ」

「っ!! お、おはようございます!!」


 鈴の音みたいな綺麗な声だった。


 大きな布を体に巻きつけたであろう服からのぞく腕も足も美しい曲線である。


 ただ。


 ただ。


 身長が2.5mほどあるだけで。


「でっか……」


 歳はおそらく20半ばといったところ。金色の髪と同色の瞳は真っ直ぐにヒトを射抜いていた。


「あのぅ、ワタシ、トルエルです」

「あ、はい。ヒトです」

「家族なりましょう!!」

「待って、話が見えないんだ。まず俺の知り合いじゃないね? 見たことないもの」

「はい! 初対面です!!」

「良い返事だね。なんで初対面と家族になろうとするのかな」

「ワタシ、■■■■です」

「……なんて?」

「あ、■■■■でなく、あんへ? えんげ? てんぺ? じゃなくて天使!! そう、天使です!!!」

「嘘おっしゃい、天使なら輪と翼を出してみなさいな。おおかたギガースとかタイタンでしょうに」

「わ? つばさ? これですか」


 トルエルの背後に出現したのは確かに光輪だったが、頭の上にあるものではなく後光を具現化させたものであった。


 出現した翼は、翼というよりも虫の意匠を感じる鋭いもの。


 おおよそ天使と呼ばれる上位種とはかけ離れたものであった。


「一応聞くけど何天使なの? 熾天使とか言っても見たことあるから分かるからね」

「虫天使です!!」

「聞いた事ないねえ。天使の階級にないでしょうそれ」

「ワタシ、シサク1号です!!」

「試作1号? 誰に作られたの」

「パパとママです!!」

「……それは普通の子供でしょ」

「えへへ」

「可愛く笑ってもダメ。目的不明、出自不明じゃあ流石に取り合えないよ。帰ってもらえるかな? おじさんはこう見えても疲れててね、今はながーい休憩をしてるんだ」


 ヒトは子守はごめんだと言わんばかりにトルエルを追い払おうとする。

 

 ヒトの言っている事は事実である。ヒトに与えられた宿命は別の人間が最も良い形で達成した。人生の意味を失ったヒトはただ漫然と蓄えを食い潰していた。


「トルエル、マッサージできます!!」

「ほう?」

「パパ、ママにもよくやってました」

「詳しく聞こうか。マッサージにはうるさいよ俺は」

「やるですか?」

「そうだな……軽く肩を揉んでもらおうかな」


 ヒトは常に全身がだるい。ある理由で全身を酷使していた後遺症である。


 腰も肩も首もちょっとやそっとではほぐれない。例えるならば岩盤である。


「(これで、ちっとも効かないと言えば追い払う理由にもなるだろう)」

「やりまぁす!!」


 その瞬間をヒトは後にこう語った。


「両肩爆散したかと思った」


 と。


 トルエルのマッサージは、人間を優に超えるスペックを遺憾なく発揮したものであり、今までは同スペックである両親へと行なわれていた。つまりは人間へのチューニングなど行なわれていないのである。


 起こる事象は至極単純。


「が……!?」

「え?」


 両肩、両鎖骨、肋骨、背骨の粉砕である。


「ひゅっ……!?」


 突然の痛みにヒトの呼吸が止まる。厳密には呼吸をするにも激痛が走るためできない。


「あ、いや、ごめんなさい、そんな、つもりなくて」

「……」


 うつ伏せに倒れたヒト。


「死んじゃった……?」

「死んじゃいねえが、死にたいくらい痛いぞ……」


 ヒトがすっくと立ち上がる。


「なんで、今壊れちゃったのに」

「治ったんだ。特殊な事情があってな。そう簡単には死ねない身体なんだ。お前なあ、人間が脆いことくらい知っておけ。それで、言う事はないのか」

「ご、ごめんなさいぃ〜」


 地面につくかと思うほどの深い礼であった。


「許す。久しぶりの再生でむしろ動きが良くなった気もするしな」

「優しい……やっぱり家族なりましょう」

「最初の話に戻ったな。なんで家族になりたいのか話してくれないか」

「ワタシ、あなたを癒しに来た守護天使」

「守護天使ぃ?」


 守護天使とは、天使界より地上へと派遣される個人専属の天使である。最大級の幸運と栄誉であると共に天からの指令も意味しており良いことばかりではない。


「守護天使に肩を粉砕されたのは後にも先にも俺だけだろうな」

「次は、うまくやる」

「うまく殺るの間違いじゃないのか」

「意地悪ヤダ。もうしないもん」

「にしても参ったな。守護天使となっちゃ無下にできなくなった。天罰は怖いし」


 天からの指令を無視すると雷が落ちてくる。死にはしないが、死ぬほど痛いため実質指令は強制である。


「それで? 天は何をしろって」

「十分な休息を取らせろ言われた」

「……どういうこと?」

「分からない。トルエルはヒトを癒す」

「意図が読めない……」

 

一般的な指令とは、あるものを天使界に届けろとか何かを倒せとかそういうものである。ただ休めとは前代未聞の指令であった。


 だが、ヒトはずっと疲れているため思考を先に進める事を放棄した。


「じゃあ癒してもらおうかな」

「家族なる?」

「なんでそんなに家族になりたがるんだよ」

「寂しい心、家族が癒す」

「……まだいい。空洞を埋めるには早い」

「分かった。いつでも家族なるから」

「はいはい」


 これがトルエルとヒトの出会いだった。

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