【校則遵守】俺と仲間たちの、予測不能な学園事件簿

mynameis愛

第一章「月曜七時四十五分、西棟二階の衝突」

 朝の光が校舎を染め上げる中、奥山は西棟二階の廊下を歩いていた。左手には薄く手垢のついた校則冊子が握られている。月曜日の朝、校内巡回は彼の日課だった。引き締まった表情、背筋をピンと伸ばし、足取りは迷いがない。その姿勢には「規律を守れ」と言わんばかりの威圧感が漂っている。

 廊下にはまだ人影が少ない。朝練帰りの生徒がちらほらと通り過ぎるだけで、静寂が支配していた。しかし奥山にとっては、この何気ない日常すらも監視対象だ。校内を巡り、規律違反者を見逃すわけにはいかない。

 その時だった。廊下の中央で突然しゃがみ込んでいる人影が目に入った。

「……何をしている?」

 声をかけた瞬間、彼の足は予想外に止まらなかった。視線が足元に向いたのは一瞬、衝突の衝撃で思考がかき消された。

「きゃっ!」

 衝撃で二人は床に転がり、校則冊子は宙を舞ってページをばらばらに広げながら着地する。奥山がまず状況を把握しようと顔を上げると、目の前には少し驚いた表情を浮かべた篠崎がいた。彼女は尻餅をつきながら、ゆっくりと埃を払い、笑顔を浮かべている。

「痛いのは私だけじゃないですよ?」

 その笑顔にかすかに苛立ちが湧く。奥山は鋭く息を吸い込み、表情を引き締める。

「廊下を塞ぐのは校則違反だ」

 まるで咄嗟に出たかのような台詞だが、奥山にとっては自然な反応だった。規律を乱す行為を見逃すわけにはいかない。しかし篠崎はその厳しい態度に特に怯むこともなく、手の甲で膝を叩きながら立ち上がる。

「スニーカーの紐が解けちゃって、危ないかなって思って結んでたんです」

 淡々とした口調で説明する篠崎に、奥山は思わず眉をひそめる。周囲には少しずつ生徒が集まり、二人のやり取りを興味深げに見つめている。

「それならもっと端でやれ」

「でも、廊下の端だと逆に歩く人にぶつかっちゃうかも。今朝は人が少ないし、ここなら安全かなって」

 理屈が通っている。そんな考えが脳裏をかすめたが、すぐにそれを打ち消す。規律は規律だ。奥山は反論を考えながら、ちらりと篠崎のスニーカーに目を向ける。白く清潔なスニーカーはきっちりと結ばれている。

「……ともかく、廊下を塞ぐこと自体が問題だ。危険だと判断するならば、安全な場所を確保して行うべきだ」

 篠崎は「そうですね」と素直に頷きながらも、表情にはどこか穏やかさが残っている。それが、奥山の厳格さを少しずつ削ぎ落としているように感じられ、内心で苛立ちを覚えた。

「でも、奥山くんも痛くなかったですか?私は平気だけど」

 その何気ない言葉に、彼は一瞬だけ言葉を失った。自分が痛みを感じているかどうかなんて、考えたこともなかった。規律を守ることが最優先であり、自分自身の状態など二の次だ。

「……問題ない」

 少し語気を強めて言い放つと、篠崎はくすっと笑った。まるで、その返答が彼らしいとでも言いたげに。

「じゃあ、大丈夫ですね。すみません、邪魔しちゃって」

 篠崎は頭を下げてその場を去っていく。奥山は立ち上がり、ばらばらになった校則冊子を拾い集めながら、どこか腑に落ちない感覚を抱えていた。

 彼女の柔らかさ、自然体な言動が、自分の中の頑なさにほんの少しだけ風穴を開けたような気がしてならなかった。

 奥山は顔を引き締め直し、廊下を巡回し始める。しかし心の中には、先ほどの出来事がぐるぐると回って離れない。

(校則違反を見逃したつもりはない……だが、何かが違う気がする)

 月曜の朝、まだ冷たい廊下の空気を胸に吸い込みながら、奥山は自分の中の変化を理解しきれずにいた。

 終



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