余談話:恋じゃなかった、なんて言えない
Crimson Beatのリハーサル後。
スタジオの空気はまだ熱が残っていた。
紅は、スタッフに挨拶をして、すぐに別スタジオへ移動。
その背中を、しおりはずっと見ていた。
(紅姉……)
声をかけたかった。
今日のパフォーマンス、すっごくかっこよかったって。
でも、紅の隣には――ハルがいた。
わかってる。
紅姉が“特別”な顔をするのは、あの人だけ。
あたしが笑わせたときには見せてくれない、
心の底からとろけるみたいな、
……恋をしてる人の目。
「……また言えなかったね」
隣で静かに声をかけたのは、ねねだった。
さやさやとした静かな声。
けれど、しおりの胸を突く言葉だった。
「紅姉に、好きって……」
「言う必要ないよ」
「えっ……?」
「その顔、見てたらわかる。
“言えない”って、しおりちゃんが自分で決めてる」
しおりは、言葉に詰まる。
ねねは、ゆっくりと前髪をかきあげて、
いつものように、淡々と続きを言った。
「でも、泣いてもいいよ。今夜だけは」
「……っ、泣かないし」
「そう?」
沈黙が落ちる。
でも、居心地は悪くなかった。
むしろ、心の奥を静かに撫でられているようで、
しおりは知らず知らずのうちに、息を吐き出していた。
ねねは、しおりの肩にそっと触れる。
「私はずっと、見てたよ。
しおりちゃんが、紅に一生懸命なのも、
その想いが、報われないってわかってるのも」
「ねねさん……なんでそんなに優しいの……?」
「たぶんね」
ねねはふわりと笑った。
「それは、“恋じゃない”って、思いたくないから」
しおりの瞳が揺れる。
「……え?」
「紅が好きなあなたを、見てた私が、
今度はあなたを好きになったとして、
それがただの“慰め”だなんて、言いたくない」
言葉に詰まるしおりの唇を、
ねねの指先がそっとなぞる。
「……私も、ひとりで見てたよ。
報われない想いって、静かで苦しくて、綺麗だった。
でも、そんなふうに想ってるしおりちゃんが、……すごく綺麗だった」
気づけば、指先が、
そして唇が、そっと重なる。
音も、言葉も、要らない。
ただ、失恋の痛みを、互いの温度で溶かしていく。
その夜。
しおりは初めて、紅姉のことを思い出さずに、
人のぬくもりの中で眠りについた。
胸の奥の痛みが、
知らない誰かの手じゃなく、
“知ってくれていた誰か”に救われたのが、嬉しかった。
(余談話:了)
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