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  • 編集済

    先の大戦を経験した人たちは、もう百歳を迎えようとしている。
    近い将来、語り部はいなくなってしまう。
    毎年8月になると、こんな話題がマスコミを賑わすが、
    賑わっているうちはまだマシだ。
    8月に、ですら取り上げられなくなる時代も来るのかも。

    悲劇は、その悲惨さが忘れ去られてしまったら、
    そもそも知らなければ、安易に選択されてしまうのだろうか。
    本当に理不尽なのは、最前線ではなく、
    残された非戦闘員の日常に有るのに。
    フィクションは、
    カッコいい、美しいところばかり取り上げられたりするが、
    それだけじゃないことも知りたい。

    すみません。語る資格がないかも知れません。
    「きけ わだつみのこえ」は、まだ読んでいませんので。
    確か、映画化されていましたよね。

    作者からの返信

    悲劇は、忘れられながら、忘れ去られることのないようにするべきだ。
    数年前の私がそんな作文を書いていました。
    つまり、普段は忘れられている――つまりそれは平和であることの証だ――けれど、折あるときには必ず思い出さなくてはならない。常に心の底にあって、忘れてはならないと。

    全く取り上げられない時代というのは、想像すると恐ろしいですね。
    戦争を知らない私にとっては、やはりどこか他人事です。そんな人間が、実際に経験してきた方々と同等の訴えを上げることができるか?
    ――否。きっと真似事偽物しかできないだろう、と思います。私がどんなに「戦争はいけない」と言っても、その言葉に説得力は無い。
    それでも、コピーだとしても、つないでいくのは大事だと思います。

    一方で戦記物というジャンルが存在するように、私たちは戦争というものに魅力を感じてさえいる。
    それは、そこに人間の生の本質が見えるから?
    人間の醜さ、美しさ、生死やジレンマといった究極が詰まっているから?
    単にカッコいいから、だけではないとは思いますが。ついかっこよさだけが前面に立って見えてしまうのは危険かもしれませんね。

    非戦闘員というと『火垂るの墓』を思い出します。
    なかなかそちら側を描いた作品は今の流行りには見られない気がします。
    極端な話、絵にならないから。

    『きけ わだつみのこえ』は、本と映像とではだいぶ違うと思います。
    資格がないと黙るくらいなら、自分なりに考えて声を出した方がマシです。

    まとまりのない文章になりました。