【短編集】虚構

AIRO

絵画を愛した女

(好きです!付き合ってください!)


一目惚れした私は、心の中でそう叫んだ。声に出せるはずもない。だってここは、美術館の中なのだから。


「ナオ、おはよー」


「ガクー!おはよー。待った?」


今日はガクと初デート、付き合い初めて一週間しか経っていない。

定番?なのかどうか私には分からないけど、ガクの提案で美術館に行くことになった。芸術のことなんてさっぱり、とにかくガクと出掛けられるならどこでも良かった。


「ガクは美術館とかによく行くの?」


「たまーにかな?静かな場所が好きっていうのもあるかも」


入場券を買って中に入る。館内はとても静かだった、人が沢山いるのにも関わらず。


絵の前に立ち眺める人、流れるようにさっと見ていく人、人によって色んな鑑賞方法があるんだなと思った。


「ナオは好きな作品とかある?」


「えー、わかんない。絵ってどういう風に観ればいいのかな?」


「俺も詳しい訳じゃないけど、直感というか、絵を見て自分がどう思えるか?って感じだと思うよ?」


言われたことを意識して見て回った。だけど、なんにも感じない、全くではないけど。あー、キレイだなぁ、すごいなー、変なのー、その程度の感想しか出てこなかった。


「この絵なんか俺は好きだなぁ。激しい色使いの中に繊細さがある。作者はどんな気持ちで書いたんだろうなって考えるのが楽しいんだよね」


「そ、そうなんだね。へぇ」


デートで浮かれてたけど、全然楽しくない。ガクと会話も出来ないし、絵のことよりガクのことが知りたいっつーの。


だんだん飽きてきた私だったが、ひとつの絵の前で身体が動かなくなってしまった。


「え?」


金縛り?雷に打たれて?そう思うくらいの衝撃を感じた。目が離せない、描かれている1人の男の人は肖像画だろうか?


(好きです!付き合ってください!)


これが直感なのだろうか?絵を見た瞬間から私は夢中になってしまった。


「どうしたのナオ?その絵が気に入ったの?」


館内はとても静かだったが、私と彼だけの世界かのように周りの音が聞こえなくなり、静寂に包まれた。


「ナオ?ナオ!」


肩を揺らされて意識が戻った。2人の世界を邪魔されてイラッとしたが、すぐに正気に戻った。


「あ、え?どうしたの?」


「どうしたのって、こっちのセリフだよ。全然動かないし、いくら声かけても反応しない。息止まってたよ?」


短いと思っていたが、ずいぶん長いこと絵の前に立っていたようだった。美術館を後にし——


「この後どうしよう?ご飯でも食べにいく?」


「ごめん、なんか慣れない場所で疲れちゃったみたいだから帰るね」


「そっか、分かった。それじゃ送っていくよ」


「ううん。大丈夫!また今度デートしよ!」


「うん。それじゃ気をつけてね」


せっかくのデートなのに、あんなに楽しみにしていたデートだったのに、私の心は彼のことしか考えられなくなっていた。


「ガクに悪いことしちゃったな」


その後、毎週のようにデートに誘われるも用事があると断っていた。


最初のうちは仕方ないと思ってくれていたが、付き合いたてにも関わらず、何度も断られ続けるガクは私を疑うようになった。


「毎週何をしてるの?まさか浮気とかしてないよね?」


「そんなことしてないよ!」


「なんでデート行けないの?ナオは一体何をしてるの?」


「美、いや、別にガクには関係ないことだし」


「彼氏なのに?関係ないわけ?」


どう考えても私が悪いのだが、段々と、ガクのことが面倒になってきてしまっていた。


「もういいよ。俺たち別れよう」


「そうだね。ガクなら他にいい子すぐ見つかるよ」


「どういう意味だよ」


あんなに怒っているガクを見たのは初めてだった。でも、別れることが出来て、私は嬉しく思っていた。


あの初デート以来、私が何をしていたのか——毎週のように美術館に通っていた。あの絵に会うために、閉館時間になるまで、ずっと眺めていた。


次第に、週1から2、3と頻度が増えていった。


「なぁ、ガク」


「なに?」


「お前、前にナオって女と付き合ってたよな?」


「あれが付き合ってたって言えるのか疑問だけどな?なんで?」


「俺の友達がナオと友達なんだけどさ、全然、学校に来なくなったんだってさ。だからお前と別れたのが原因じゃないか聞いてくれって言われてさぁ」


「はぁ?むしろ俺が振られたくらいなんだけど?」


「振られるくらいひどいことしたんじゃなくて?」


「一回美術館にデートしただけで、後は何にもねーよ。学校でだって話さなかったし」


(一度デートしただけで、この疑われようかよ。ひどいことされたのは俺の方だっての。)


ナオが学校に来なくなったと聞かされてから数日が経った。苛立ちを感じながらスマホを取り出し、ナオの連絡先を眺めていると、一件の通知が入る。


『これお前が言ってた絵画じゃね?』


友達から送られてきたニュースサイトにナオが眺めていた絵画が写っていた。


「——昨夜、美術館から絵画一点が盗まれるという事件がありました。閉館までは飾られていた絵画でしたが、深夜巡回している警備員によって無くなっているということが分かったとのことです。関係者からは、毎日、この絵だけを見続けていた女性がいたとのことで、この女性と今回の事件に関係があるのか調査を進めていくということで——」


「まさか……ナオが盗んだ?」


俺は、すぐにナオに電話した。


「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、おかけ直しください」


繋がらない……


♩〜〜


突然の着信に驚き、急いで電話に出た。


「な、なぁ、ガク。落ち着いて聞いてくれ……俺の友達がさ、ナオがあまりにも学校に来ないから心配してアパートまで行ったんだってさ……玄関まできた異臭がすごくて、親とか管理人とかに連絡して開けてもらった……し、死んでたって」


俺は状況が飲み込めなかった。短い付き合いだったとしても、好きになった人だったから……ナオの友達経由で俺の話が出たのだろう。警察から事情聴取されることになった。自殺とは断定できるものの、他に事件性がないか確認するためなのか、色々聞かれた。


美術館でのナオの様子も話した。美術館からの盗難とナオの死。


ナオは自殺ということになっていた。


詳しい内容は噂で、俺のところまで流れて来た。


日を追うごとに、美術館にいる時間が長くなり、週に訪れる回数が多くなっていった。


金銭的に厳しくなってきたのか、部屋の中で売れるものは全部売ったのだろう、部屋の中には絵画くらいしか残っていなかった。調味料が少しあったくらいで、食事を取った様子はなかったらしい。葬式で見たナオ自身、かなり痩せ細っていた。


いよいよ金が無くなって、美術館に行けなくなったことから絵を盗み出したのだろう。


ナオが盗んだあの絵画は、美術館に戻され展示されている。


しかし、その絵画を美術館側は手放した。オークションにより多額の値がついたからなのか、はたまた、気味が悪かったからなのかは分からない。


絵の中の男と一緒になりたかったのだろうか、ナオは、自分の血で男の隣に描こうとした。


自分自身を、だが、朦朧とするなかで描かれたのは、人の形をした赤黒いシルエットだけだったらしい。当然、洗浄と修復はされたはずだった。


時間があったある日、男の肖像画だったものは、いつの間にか、男女の肖像画に変わっていた。


ネットの画像でしか見たことはないが、女の顔つきは、どことなくナオに似ている気がする。AIを使った悪ふざけがすぎるフェイクかもしれない。


あの事件以来、俺は美術館に行くことはなかった。


結婚して、家庭を築き、子供も産まれた。何年も経って、あの時の記憶を思い出さなくなってきた頃、たまたま見かけてしまったのだ、


オークションに売りに出されている、あの絵画を……


幸せそうな笑みを浮かべている男女と、赤ん坊の肖像画が。

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