第14話 胃袋をつかまれていてはいかんともしがたい

 おもわず吹き出しそうになってむせた。


「だ、大丈夫ですか⁉」

「そんなの貴卿……! せっかく身を隠しているというのにしゃしゃり出てどうするのだ!」


 げほがほとせき込みながらつい叱りつける。


「それはそうですが……。あ! ショールを頭から巻きつけますから!」

「目立つ、あれは!」


「じゃあ仮面か何か」

「さらに目立つ!」


「じゃ、かつらをかぶります! それで軍服を着て制帽をかぶれば……」

「家にいろ!」


「それでおおごとになったらどうするのです⁉」


 初めて強い言葉で反発され、クロエは思わず息を呑んだ。


 物腰柔らかく、クロエの言うことに唯々諾々と従っていたアイザック。

 まさかこんなに強く出てくるとは予想外だった。


 そんな顔をクロエはしていたのだろうか。

 クロエの反応に、アイザックは明らかにうろたえた。


「すみません、大声を出して……。あの、ですが。歓楽街でなにごとかおこっているんですよね? それは本来神殿騎士が対応すべきことなのでは? だけどあの人たちは歓楽街を堕落した町と呼んでいる。きっと手助けなどしないでしょう。だから朱紅隊に出動要請がでたのでは?」


 意識してゆっくりとアイザックが話していることはクロエにもわかった。

 そうすることによってアイザック自身がなんとか心をなだめようとしていることも。


「ぼくは力になれます」

 前のめりになり、アイザックは一語ずつ区切るように言った。


「なんとかして連れて行ってくださいませんか?」


 真剣な色を帯びる青い瞳を見つめ、クロエは黙考する。


 アイザックは神官だった。

 いや、正式に職務を離れたわけではないのだから、出仕していないだけでいまも神官だ。

 その彼が力になるという。


(相手は幽騎士だしな……)


 クロエ自身、かような存在を相手にしたことはない。

 地方では時折、あやかしや魔物と戦った騎士団という話を聞く。


 だが、王都は別だ。四神殿によって守りが完璧になされている。よしんば幽騎士が出たとしても神殿騎士が対処してきた。


 このたび、いろんなことが重なって朱紅隊が対処することになったが不安はある。


 もし隊に実害があったら。

 自分の評価というよりなにより、部下が傷つくところは見たくない。


「なぜ自分が役に立つとおもうのだ?」

「ぼく自身がハミルトン伯爵家の血を受け継いでいるからです」


 きっぱりと告げるアイザックにクロエは小首をかしげて見せた。


「それは弟御のサミュエル殿もそうではないのか? いま、金虎神殿に出仕していると聞くが」


「いまの金虎神殿にはなんの力もありません」


「はっきりと言うではないか」


 まるで自分こそが金虎神殿のすべてを握っているとでも言いたげだ。


(こういった傲慢さが嫌われたのか?)


 ひとあたりのいい青年だと思っていたが、強情で融通が利かないところがあるのだろうか。だから神殿から排除された。


(いやしかし、あの王太子のご学友であったな)


 あの変人とうまくやれるのだ。神官たちとだってそつなくやれるだろうに。


「ぼくを同行させてください」

「断ると再度言ったら?」


「仕方ありません。すべての家事をボイコットし、王太子殿下の秘密部屋にてハンストします」

「なんだと⁉」


「もちろんいまからです。お菓子とお茶の提供を拒否し、なんならデザートとして用意していたカスタードプリンを持って王城に向かいます」


「カスタードプリン!」


 今日のデザートがカスタードプリンだったとは!

 くっ。これが自分の買ったクッキーやブラウニーだけだったら抵抗できたが、カスタードプリンは無理だ!


「ひどいぞ! 横暴だ!」

「ぼくだってこんな手段をとりたくはありませんが、連れて行ってくれないのですから仕方ありません。では、お暇の準備を」


「待て待て!」

「シャリー、どこ? ここを出るよ」


「シャリーまで連れていくのか⁉」

「今日のカスタードプリンは最高の出来だったのになぁ。しかも、あの茶葉。クロエ様が買ってこられたクッキーにぴったり。提供したかったなぁ」


「うぐぐぐぐぐぐ」

「まあ、王太子殿下も菓子好きだから手土産に持参しよう」


「待てと言うのに!」

 立ち上がるアイザックを必死で制する。


「私の一存ではなんともできん! 明日、王太子が『よい』と返事をし、かつ、私が貴卿の変装のチェックをしてからだ!」


 アイザックはにっこりと笑って椅子に座った。


「ありがとうございます。きっと王太子殿下は許可してくださると思います。あとは……変装の準備ですね。明日のお帰りまでにはそろえておきますので」


「……うむ」


 いつの間にか胃袋をつかまれた身として、随分と立場が悪くなってしまったクロエだった。

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