第2話 サバイバル開始? と創造魔法の罠
「う……ん……いでで……背中、痛っ……」
重い瞼をこじ開けると、視界いっぱいに広がるのは鬱蒼と茂る木々の緑。高く伸びた幹、ざわざわと風に揺れる葉擦れの音、湿った土と草の匂い。
どうやら私は、石ころだらけの硬い地面の上にダイレクトに寝かされていたらしい。ごつごつした感触で背中の筋という筋が悲鳴を上げていた。
……いや、そんな呑気に状況分析している場合ではなかった!
「ちょっ……えええええ!? 森!? しかもどこからどう見ても深い森じゃないですかーっ!? 普通、転移直後って言ったら、親切な村人Aがいる村とか、活気あふれる街の門前とかがお約束でしょうがー! ソフィア様(自称)! 話が違うにもほどがありますわよーっ!」
思わず、はるか彼方の空に向かって全力で叫んでいた。もちろん、返事はなかった。……あの胡散臭い自称女神、適当にサイコロでも振って着地点を決めたんじゃないでしょうね? 疑念がむくむくと湧き上がり、血管がブチ切れそうだった。
「アイ~、お腹空いたニャ……。さっきの公園で食べてたカニカマパン、まだ残ってるかニャ?」
足元で、タマが私のズボンの裾を前足でちょいちょいと引っ掻きながら、甘ったるい声で鳴いた。そうだ、タマのご飯。いや、それ以前に、私たち自身の食料と水の確保が最優先事項だ。カニカマパンなんて、あの光と共に異次元の彼方よ。
「はぁ……。こういう時、読み漁った異世界モノの小説だと、どうするんだったかしら……」
転移前に現実逃避で読みふけっていた数々の異世界ファンタジー小説の知識を、必死に脳内ライブラリから検索した。ええと、まずは安全な拠点の確保、風雨をしのげる寝床を作って、それから食料と水の調達……。
「って、それって本格的なサバイバルじゃないのよーっ!? 私のアウトドア経験なんて、せいぜい近所の河原でBBQ(準備と片付けは他人任せ)くらいしかないんですけどー!」
「そ、『創造魔法』……! アレなら、なんとかなるかもしれないわ……!」
女神ソフィア(自称)から授かった、胡散臭さ満点のチート能力の一つ、『創造魔法』。イメージしたものを具現化できるはずだ。でも、いきなり白亜の豪邸なんて作れるのだろうか? イメージ……イメージ……。
「……えーい、ままよ! 背に腹は代えられぬ!」
藁にもすがる思いで、少し開けた地面に向かって両手をかざし、必死に念じた。
(快適で、安全で、ふかふかのベッドがあって、お風呂もトイレも完備で、タマがゴロゴロできる陽だまりのあるリビングがあって、ついでにキッチンには美味しい食材が満載の冷蔵庫がある、そんな夢のマイホームをプリーズ!)
……いや、待て待て。いくらなんでもハードルが高すぎる。女神(自称)の説明だって雑だったし、まずは現実的に……。
(じゃあ、せめて雨風しのげる小さな小屋……? うーん、それも材料とかどうなっているのか不明だし……。テントくらいなら……? ああもう、ええい! とりあえず、今すぐ必要なのは寝袋! それと、できればタープも!)
すると、私の手のひらからほんのり温かい光が溢れ出し、目の前の地面にポンッ!と二つの物体が出現した。……現代的なデザインの、そこそこしっかりした作りの寝袋が二つ。
「……いや、タープはどこ行ったのよーっ!? 求めていたのは、最低限の屋根と壁のあるシェルターだったのに! これじゃあ、ただの野宿セットじゃないの! しかも、なんか微妙に湿ってる気がする!」
「アイ、これ何ニャ? なんかいい匂いがするニャ。ふかふかしてるニャ~」
タマは興味津々といった様子で、早速出現した寝袋に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぎ、スリスリと体をこすりつけていた。
「えっと……。これが、今日の私たちの寝床……ってことになる、の、かな……?」
我ながら情けない結果に、思わず乾いた笑いが漏れた。創造魔法、前途多難すぎる。
「まぁ、素材はしっかりしてそうだし、夜露くらいはしのげる……はず。……タマ、文句言わないでね? 特に湿っていることに関しては」
「ふかふかだから、別にいいニャ。むしろ快適ニャ。アイもいるし、安心するニャ~」
タマはそう言うと、器用に寝袋に潜り込み、あっという間に丸くなってしまった。……君のその驚異的な順応性とポジティブ思考、少し分けてほしいんですけど。切実に。
「……さて、次は食料と水、ね……」
気を取り直して、もう一つのスキル『賢者の叡智』を頼りに辺りを見回した。この森の食べられそうな植物やキノコ、あるいは水源に関する膨大な知識が、頭の中に流れ込んでくるような感覚はあった。まさに脳内Goo△le先生だ。
けれど、目の前にある名も知らぬ雑草っぽい植物が、脳内データベースの『〇〇草:食用可。ただしアクが強いので要調理』なのか『××草:有毒。食べると3日は腹痛で七転八倒』なのか、はたまた全く別の未知の植物なのか、判別がつかなかったのだ。
写真や図鑑と実物を見比べるのとは訳が違った。毒草だったらどうしようという不安が先に立って、迂闊に手を出す気になれなかった。
「……先に、『無限収納』スキルを試してみるか……」
ソフィア様(自称)が「アイテムでも食料でも、ほぼ何でも入れ放題!」と通販番組ばりに豪語していた便利スキル。試しに、足元に落ちていた手頃な木の枝を拾い上げ、「収納!」と念じてみた。
すると、木の枝は淡い光の粒子となってシュンッと消え、確かに手の中から重さと感触がなくなった。
(おお、すごい! 本当に消えた! これは便利だわ! さすが女神様(自称)の太っ腹チート!)
取り出すときはどうするんだろう? と思った瞬間、また手のひらに木の枝の感触が戻ってきた。どうやら出し入れも念じるだけで簡単らしい。これは期待できる!
「……でも、肝心の食料は、この中には入っていなかった……」
当たり前の事実に気づき、がっくりと肩を落とした。そうよね、無限収納って言っても、元々持っていないものは収納できないわよね。あーあ、転移前にコンビニで大量買いしておくんだった……。特にタマのおやつ。
「……こうなったら、もう一度『創造魔法』で……!」
今度こそ、と再び両手をかざし、今度は『美味しくて栄養満点のコンビニ風サンドイッチ(たまごとツナマヨのハーフ&ハーフ)と、キンキンに冷えたミネラルウォーター500mlペットボトル!』を強く、強くイメージした!
頭の中には、ふわふわのパンに挟まれた具沢山のサンドイッチと、水滴がつくほど冷えたペットボトルの完璧な映像が浮かんでいる。ゴクリと喉が鳴った。
……シーン。 何も起こらなかった。ただ、私の腹の虫が「ぐうぅぅ~」と情けない音を立てただけだった。
「……あれ? おかしいな……。イメージが足りない? もっとこう、マヨネーズのコクとか、パンのしっとり感とか、ツナの旨味とか、レタスのシャキシャキ感とか、そういうディテールが必要なの?」
もう一度、もっと具体的に五感をフル動員して念じ込めてみた。 ……やっぱり、何も起こらなかった。
「アイ~、お腹ペコペコニャ……。サンドイッチまだかニャ~? タマはツナマヨ多めでお願いするニャ~」
タマが寝袋から顔だけ出して、恨めしそうな、それでいて期待に満ちた目で私を見上げてきた。その声が、静かな森にやけに大きく響いた。
「……ご、ごめん、タマ……。どうも、上手くいかないみたい……。お腹の音、聞かれちゃった?」
何度か試しても結果は同じ。そこで、私は一つの可能性に思い至り、さあっと血の気が引くのを感じた。
「……も、もしかして、『創造魔法』って……元になる『材料』がないと、イメージだけじゃ何も作れないんじゃ……?」
そういえば、さっき寝袋が出てきた時も、周辺の地面の草が消えたような……? 食料はおろか、水一滴すら生み出せないかもしれない。
便利だと思っていたチート能力の、致命的な欠陥かもしれない。絶望的な仮説に、私はその場にへなへなと座り込むしかなかった……。
「……そんなの、チートじゃないじゃないのよぉぉぉ……! まったり異世界ライフはどこへ……!」
私の悲痛な叫びが、再び森にこだました。
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