第106話

「いや〜しかし…」


半年も潜ってたんだっぺか?


という言葉を飲み込む。


後ろを着いて来るストーキングリリの様子がおかしい。

顔を赤くし、ハァハァと息が荒い。


具合でも悪いのか?と家まで搬送することも含め心配すると…


「ご…」


「ご?」


「ごはん…たべしゃせてくらしゃい…」


飢えてただけだった。


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「バエとやらがなぁ……」


おっさんは、SNSとやらには縁がない。

携帯電話も、仕事用の連絡と現場写真くらいにしか使ってなかった。


“バエ”という言葉の意味も──

なんとなくの雰囲気でしか、分かっていない。

だが不思議なことに、おっさんの撮る現場写真は、

度々何者かの転用によってバズっていた。

過去の話だ。


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そんな時、向こうのほうから鎧に身を固めて走って来る集団…たまに見かける騎士みたいな連中…


と、低空をこちらに向かって滑空してくる

ワニ蝙蝠ワイバーン

「あぶねーんでねーの?」

娘達を庇い、イラっときたおっさんは…


以前、印刷ミスのせいで、現場までいって取り付け出来なかった…


紅きトライアングル道路標識を投げつけてやった。


スパーン!


首を失う翼竜。


シュルシュルと高速回転し、

おっさんの手にパシッと戻ってきたでかい鉄板には…


「止れま」


と書いてあった。





ザァッサアァァァァァァァァ!!!


と地を滑る爬虫類。

…から投げ出され、頭を打ちグッタリする運転手。


「呑んだら乗るなだっぺ」


と我が身をかえりみないおっさん。


どうにか駆けつけた騎士風の鎧男達が、運転手を捕縛してゆく。


警察なのか?とぼんやり見つめるおっさんの妄想は、さほど外れてもいなく…


「逮捕協力に感謝する!!」


とリーダーっぽい鎧が話しかけて来る。


事情を聞けば、さっきの爬虫類で王宮に突撃して悪さをしたとかなんとか…


そんなことよりもおっさんは、首の無くなった爬虫類を見て、


「これ貰ってもいいけ?」


とマイペース。


犯人さえ拘束出来れば問題ないらしく、美味そうな食材をゲットできたおっさんであった。


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キッチンに入り、すぐに出て来るおっさん。

「できるわけあんめー」


ぶつぶつ言いながら外へ出てゆく。


石垣を降り、庭の真ん中にステージ足場を組む。


これは、ちょっとした吹き抜けのある住宅の天井施工や…あれだ、よくやったのは

衣料品店ユニクロとかの天井貼り。

何百枚という石膏ボードを貼る現場で活躍する、風呂場一坪くらいの仮設足場のステージだ。


高さはさほどない。地上1メートルくらいだ。


そこにさっきの爬虫類をドドーンと置く。


翼は邪魔くさいので、セーパーソーで切り取る。

だが出汁にはなるので冷蔵庫だ。


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まずは米を炊く。

だが、量が量だ。大型バイクくらいある本体に、一体何合の米が必要なのか…

思案していると思い出す。


おっさんは建築前の造成工事でよく乗っていた

ブルドーザーと召喚し、バケットを上に向けて中を確認。

汚れてもいない、いちおう高圧洗浄し、

水気を拭いたら刷毛でラードを塗りたくる。

これをしないと焦げて半分以上食えなくなる。

森の蜂の子を投入。

量は目安だが、約200合だ。


チキンスープ澄んだ魔石汁をドボドボ注ぎバター発酵魔石も入れて炊く。

最近知ったことだが、トゥエラのくそ重い斧は…

取っ手がとれたティファール

その取っ手をバケットに当てると…

沸騰を始めた。


ローズマリーの葉薬草タイム毒消し草セージ痺れ薬ニンニク山百合スライスを混ぜ合わせて、レモン鋭い魔石汁をかけて混ぜる。

爬虫類ワイバーンは、まず大量のバスタオルで水分、腹の中をよく拭く。

炙って毛を焼き、削岩魔石をバサバサと振りかける。

その後ニンニクスライスを、皮と身の間に突っ込みレモン汁を全体に擦り込む。


炊いておいたバターライスを、オリーブオイルで炒め、野菜を加えて軽く塩胡椒でピラフに。


ピラフをワイバーンのお腹にスコップで詰め込み、お尻の所を番線とラチェットで締め上げる。


風呂桶一杯程度の塩を全体に擦り揉み、常温で放置。1時間程度の間に、


焼却炉に斧を入れ予熱しておき、ワイバーンを入れる。


先ずは様子見。身体の下には落ちないように鉄筋が並ぶ。


照りが出て焦げる前に、温度を下げてまた暫く置く。


これで、胸肉の火の入り過ぎ防止。途中2度ほど開けて刷毛で下のオイルを塗る。


最後は、火力を上げて、もう少し焼く。この仕上げまでの感覚は、火が十分通っている事を見て勘で決める。


仕上げに焼けたワイバーンを、オリーブオイルを熱した鉄板車道用に寝かせて、焼き目をつけて完成。


そして………





夜会の始まりだ。


娘達は烏龍燻し薬草


リリは呑めるそうなので、冷やした故郷の酒上善如水を注いでやる。


おっさんはいつもの大五郎だ。


——箸を入れると、パリッと音を立てて皮が割れた。

香ばしい焦げ目の下からは、艶やかな脂がじゅわりと滲み出す。


ひとくち。

熱っついピラフを口に運ぶトゥエラの目が、まるくなった。


「……と、とろける……っ」


それは、肉のうまみとバターの香りが折り重なる──

爆発寸前の“うまみ火山”。


ほんの少し遅れて、スパイスの余韻が喉をくすぐり、

ピラフのひと粒ひと粒が、口内で小さく弾けるようだった。


テティスは無言で、目だけで語っている。

かつてない集中力でフォークを握り、焼き上がった尻尾の付け根から、肉をひと塊ごと削ぎ取っていく。


その舌に触れた瞬間——彼女の眉が、ゆるんだ。


「……っふ……」


冷静沈着な彼女から漏れた、心底ゆるんだ吐息。

それだけで、この料理の説得力は、もはや十分すぎた。


リリはというと、頬を桃色に染め、目を潤ませながら、


「んほぁあああぁぁん……」


という、どう表現してもアウトな声を出しながら──

無言で、皿におかわりを山盛りにしていた。


その姿を見ながら、おっさんは酒をちびちび。

焼いた骨のあいだから、しゃぶり取ったゼラチン質に舌鼓を打ちつつ、

こうつぶやく。


「……脂っこいんだけどよぉ……」


ふぅと一息ついて、


「……なんだろな。超うめぇわ、これ」


赤い月の下、

食卓の中心に転がったワイバーンからは、まだほのかに湯気が立っていた。


それはまるで、天から降ってきた──

祝福の煙だったのかもしれない。

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