第6話「透明なメッセージ」


昼休み。

光は机の上に、一枚の便箋が置かれているのを見つけた。


差出人はない。宛名もない。

けれど、その便箋は封もなく、誰にでも読めるように置かれていた。


開いてみると、たった一言だけが書かれていた。


「君の笑顔は、心の音とズレている」


 


意味が分からなかった。

でも、心臓のどこか深くが、ざわついた。


まるで、誰かに見透かされているようで。


「……誰が?」


ぽつりと呟いた声は、教室のざわめきにすぐ飲まれた。


 


放課後。

いつものように、影は校門の外で待っていた。


「遅かったな」


「ちょっと、寄り道してた」


「何かあったのか?」


「……これ」


光は、便箋を影に差し出した。


影はそれを黙って受け取ると、しばらく眺めてから、短く言った。


「ずいぶん、変なことを書くやつだな」


「ね。私も最初そう思った。でも……言い返せなかった」


「図星だった?」


「わかんない。でも、笑顔と心の音がズレてるって、どういう意味だと思う?」


影は歩き出しながら答えた。


「……たぶん、“演技”って意味だろ」


「私、演技してるように見える?」


「時々な。無理に笑ってるときの、お前の目は静かすぎる」


光は苦笑した。


「やっぱり、ばれてるんだ」


「俺にはな。でも、他の連中は気づかない。気づけない」


「……それって、私がうまくやれてるってこと?」


「違う。“お前をちゃんと見てるやつがいない”ってことだ」


光は立ち止まる。

影も、数歩先で足を止めた。


「……ねえ、影くん」


「ん」


「私、自分が“透明”になってる気がするの」


「透明?」


「存在はしてる。でも、誰の目にも映らない。……私が泣いても、笑っても、誰も本当の意味で見てくれない気がするの」


影は振り返らなかった。ただ、ポツリと呟いた。


「それは、お前が“そうされること”を許してるからだ」


「……どういうこと?」


「お前は誰かに見られるのが怖い。だから、見せる顔だけ作って、本当は誰にも触れさせない。……結果、自分で自分を透明にしてる」


「……」


「違うか?」


光は小さく首を振った。


「たぶん、合ってる。だから、あの手紙が怖かったんだ」


ふたりの間に、沈黙が流れた。


けれど、その沈黙は昨日までのそれと、少し違っていた。

言葉がなくても、断絶ではなく“滲み”のような、そんな間。


 


そのまま歩いていくと、またいつもの交差点が見えてきた。

夕暮れ。信号は赤に変わる。


影がふと、尋ねた。


「その手紙、どうする?」


「……返事、書こうかな」


「相手もわからないのに?」


「ううん。誰に届けるかじゃなくて、自分に届けるつもりで」


影はそれを聞いて、わずかに口角を上げた。


「悪くない考えだ」


「でしょ?」


光は笑った。少し照れたように。


「今のは、ちゃんと“ズレてない”笑顔かも」


「……かもな」


 


信号が青に変わる。


ふたりの影が伸びて、並んで、そして交差点を横切っていく。


どこかに、見えない誰かがいたとしても――それを気にする者は、もういなかった。


 


その夜、光は机に向かって便箋を取り出す。

ペンを持つ手が、少しだけ震えている。


それでも、真っ白な紙に最初の一文字を記した。


 


「わたしは、本当にここにいますか?」


 


彼女の筆跡は、ゆっくりと、けれど確かに、そこに刻まれていった。



【第6話・了】



次回予告(第7話)


「濁った鏡」

光が偶然覗いた鏡の中に、少しだけ“知らない自分”の表情を見つける。

影はそれについて言及せず、ただ静かに光の変化を見守る。

ふたりの対話は、より深層へと沈んでいく。


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