第3話「嘘の笑顔」


昼休みの教室。

光はいつものように、誰かに囲まれていた。


「えー、マジそれ言ったの!?」「やばー、笑うわ!」


笑い声。軽口。スマホの画面を見せ合いながら盛り上がる友人たち。


光は、その輪の中心で笑っていた。


……が、その笑顔に熱はなかった。


 


「ほんと、光っていい子だよねー」


「ね、話しやすいし、いつも明るいし」


光はまた笑って応じた。言葉の波に合わせて、自分を削るように。


「……ありがと、うれしい」


けれど心の中では、空気が薄くなるのを感じていた。誰かの評価が、自分を生かす酸素のように思えてしまっていることが、怖かった。


放課後。

教室を出ると、そこには影がいた。今日も、帰りの時間が始まる。


二人は黙って歩き出した。


 


「今日、いつもより静かだな」


影がぽつりと口を開いた。


「そうかな。……疲れてるだけ」


「無理してたろ、昼」


光は一瞬、歩を止めた。


「……見てたの?」


「教室の窓から見える。笑いすぎてる時の顔、目が死んでた」


光は小さく笑った。


「死んでた、って。ひどい言い方」


「でも、事実だろ?」


「……うん。たしかに、嘘の笑顔だったと思う」


影は答えず、空を見上げた。今日の空は薄曇り。夕焼けは、まだその向こう側。


「笑ってないと、置いてかれる気がするんだよ。誰かの隣にいられるのは、明るい子だけな気がしてさ」


「笑ってなくても、置いていかれなかったら?」


「……そんな保証、どこにもない」


光は声を落とした。


「本当の自分を見せたら、みんな引く気がする。暗くて、冷たくて、面倒なやつなんだって、思われるのが怖い」


影はしばらく黙っていた。


「それ、俺のことだろ」


「……違うよ」


「同じだと思ってるんだろ? 俺と」


「そう思いたいだけ、かも」


影は道路の縁石を歩きながら、ポケットに手を突っ込んだまま言った。


「俺はもう、笑うのをやめてる。嘘でも笑わない。だから孤独にも慣れた。でも、お前は……まだ諦めてないんだろ?」


「……うん」


「だったら、嘘でも続ければいい。笑顔を装ってでも、生き延びたいって思ってるなら」


「それって、生き方として正しいの?」


「正しいかどうかなんて、知らない。俺はもう、答えを選ぶ気もない。……お前は、選びたいんだろ?」


光は何も言わなかった。


沈黙が、二人の間に薄く積もる。


それでも、帰り道は続いていく。昨日と同じ道、でも少し違う時間。


「ねえ、影くん」


「なんだ」


「私、あとどれくらい嘘の笑顔を続けられると思う?」


「そんなの、知らない。でも、限界が近いって顔してる」


光は笑った。その笑顔も、やはり少し歪んでいた。


「やっぱり、ばれてたか」


「ばれてる。少なくとも俺には」


「……それだけで、少し救われる気がするよ」


影は何も返さなかった。


 


ふたりは交差点で立ち止まった。赤信号の下、並んだ影が地面に長く伸びる。


「明日も一緒に帰ってくれる?」


光が尋ねた。


影は少しだけ間を空けて、頷いた。


「お前が“笑顔”でいられる限りは、な」


 


信号が青に変わる。

ふたりの影が、また並んで動き出した。


その背中にはまだ、どちらが“明”でどちらが“暗”なのか、誰も知らなかった。



【第3話・了】



次回予告(第4話)


「心音のズレ」

光と影が、お互いの家庭環境について初めて話し合う回。

光は“気づかれない孤独”を、影は“拒絶された存在”である過去を明かす。二人の「暗」が少しずつ交わり始める。


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