Story 25. 無謀な挑戦とヘルプ

 ちいさな女の子が泣いている。


「うあ~んんーあ~」


  △ △ △


 容赦のない日差しが照りつけ、気温もゆうに三〇度をこえた、ある夏の日。

 庭のしば}にビニールプールをひろげ、幼い姉妹がにぎやかに水遊びしていた。

 大きなパラソルをサンシェードに、涼しげに。

 ベランダに腰かけた母親がほおをゆるめて見守っていたのは、むらくらである。


 庭木やあちこちから聞こえるセミの大合唱を上書きする、ふたりの歓声。


 キャッキャ――


 ちゃぷちゃぷと歩邑はなごやかに。

 ジャブジャブと早倉はすこやかに。


 ぽとり地面におちたホースから、ちょろちょろと水が流れた。

 ひろいあげた早倉が、ホースの口に指を押しつけると、


 プシャー――


 いきおいよく水が飛んでいく。

 早倉は目をキラキラさせて、なんどもくり返す。


 ピシャッ――


 思いがけない方向に飛んで、顔をずぶぬれにした。歩邑の。


「やあーの~」


 大粒の涙をこぼして、泣きだした歩邑。

 そのようすがあまりにかわいくて――あふれそうな笑みを、早倉はなんとかガマンしながら、


「ほむ、ゴメンね」


 と顔の水をはらってやる。が、泣き止まない。


ねえやあー、うあ~んんーあ~」

「いやだったの? 歩邑ちゃん」


 あわててかけよった母親がなだめた。

 まだ歩邑が幼稚園に通っていたころの話である。




――わかる! あたしも水こわかったもん


 ピシャー――


 音をきいた歩邑が、そちらをみた。

 かおるざきに水しぶきがかかる。

 そう監督の先生のしわざだった。

 おどろいて飛びのいたこっけいなしぐさに、歩邑の表情がほころぶ。


――楽しいよ、泳ぐって……

 薫にもつたわればいいのに


 草ぬきをつづけていると、ふいに耳にとどいた。


「二五メートル泳げるようになる! クロールで」


――おおー、やる気~



  △ △ △



 短水路プールが激しく波だつ。

 バシャバシャと水しぶきをあげるバタ足。

 指導員インストラクターのお姉さんに手をひかれた、ニコニコの少女は早倉だった。


「じょうずよー! 顔つけは――できるかな?」


 いっしゅん眉をひそめたが、思いきってしずめる。


「ぷくぷくー、ぱっ」

「――ぱっ」


 顔をあげるなり、パッと口をひらいて息をすう。

 表情にみなぎる意欲。

 通いはじめて――まもない早倉だが、ここまでできるようになっていた。


「わあ……」


 目をみはった歩邑が、ガラスに張りつく。

 スイミングスクールについてきて、こころをうばわれたのだった。

 母親の服をつかんでひっぱる。


「ほむもプールする!」


 卒園するころには、クロールと平泳ぎができるようになっていた。

 小学校にあがるタイミングで、姉とともにスイミングをやめ、あらたに乗馬を習いはじめた。



――泳ぐのは楽しいよ……

 水と手をとりあって、いったいに


 目をとじ、光景を思いえがく歩邑。

 気ままに泳ぐすがたは――社交ダンスのように優雅に、ときに過激に。


――力になりたい! けど……


 木崎のぼやく声がきこえた。


「――だけ、ヘンな動きになっちまう」

「ぼくも」

「ムズイよな――」


――なんだなんだ?……


 目をやるとちょうど、木崎と薫が顔を見合わせた。

 まるでシンクロさせたように、


「息つぎ」「息つぎ」


 と、そろって肩をおとす。ガクーン。

 歩邑は――くすっと声にだしてしまった。


――もうしわけない……

 んとね、息つぎはコツがあって……


「――できりゃ、ナンボでも泳げるわ」

「てか、息つぎなしで二五メートル――」


――ムリムリムリ! 競技選手なみだよ~


 思わず苦笑いする歩邑。

 だがヤツラは、身のほど知らずの小五男子である。


「競争するか? 何メートルいけるか」

「おけ! モチベあがるわ~」


 じぶんの能力は置いといて、ゴーインにマイウェイなお年頃。

 トライアルエラーの精神はたいせつだ。


――手伝ってあげたい……

 ちがっ、手伝いたい! ん~


 歩邑には妙案がうかばないようだが、はたして――どんな手でくるのか?

 薫に協力する口実は、いったい。

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