ムジカク少女はネバギバ男子に××する~小五からはじまる甘恋語

文織(ふみおり)

アイツの帰り道

Story 1. 抱きしめたリュック

 雲ひとつなかった。

 空をかけるお天道てんとさまはゴールを目前にしてなお、夏をさきどりした陽光を商店街にふりそそぐ。

 アスファルトに落ちた影がまるで、みちびくように少女のまえをあるいていた。


「やーだよ」


 半分ふり向いた少女が声をあげて笑う。

 カールしたまつ毛が、大きな目をいっそう大きくみせていた。

 かがやく白い歯と、しっこくひとみがまぶしい。


 少女の名はみながわむら

 およそ小学五年生とは思えない一六〇センチはあろうかという身長の高さが、大人びた印象をあたえる。

 けたはだいろが想起させる運動神経のよさは、すらりと伸びたあしの肉づきからもみてとれた。

 くわえて顔だちも整った美少女とくれば、男子の人気を一身にあつめているにちがいない。

 髪はみじかくボブ。所属するバレー部のプレーにしょうがでないための配慮だろう。


 歩邑は両手で大きなリュックをかかえながら、しかし――背中にもリュックをっていた。

 高学年にもなると小学生の定番ランドセルからきりかえた、リュックサックや手げカバン派も存在するというが。




「み~な~が~わ~」


 うしろから情けない呼びかけがきこえた。

 声のぬしはクラスメイトのまつもとかおる

 よくまちがわれるが、男だ。

 薫という名前、よくとおる高い声、クラスで二番目に低い背、そしてぞうに伸ばした髪。まちがわれる要素だらけだが、男だ。


「なんだい? 薫くん」


 と反応を面白がる歩邑が応じた。


――最近のお気に入りだよ。

 リュックをひとじちにして下校するの


 抱えた腕にギュッと力をこめる。

 手ぶらの薫に、離さないぞとアピールした。


 薫は右手をのばして追いすがる。

 ふたたび情けない声をあげた。


「返してくれ~」


 歩邑がふり返りざま左手をつきだす。

 ビシッとひとし指をたてたポーズをきめてせんげんした。


「お・断・り・し・ま・す」


――いっしょに帰ろうのポーズだぞ?


 平然とかまえた歩邑は、薫のこんがんなど意にかいさず「やーだ」の一点り。

 薫はまたも右手をのばし、話をきいてくれ~とすがる。

 こうしてコントのようにやりとりをくり返しながら、さして人通りのない商店街をゆっくりとすすんでいく。




 いつしか本屋をすぎた。


――そろそろだね。薫の反撃タイムは


 商店街もおわりに近づくころ、本気でとりかえしにくるのがお約束だった。


「後悔させてやる! 皆川歩邑」


――! あたしの名前……


 歩邑は「フルネームはやめて」といいつつ、うれしそうな表情をしめして逃げた。

 やわらかく目をほそめた歩邑とは対照的に、まなじりをつりあげた薫は――本気マジだ。

 いきおいよくダッシュで近づいてくる。


「こっちだよ! 薫くん」

小癪こしゃくな」

「きたまえ」


 余裕しゃくしゃくの歩邑があおる。


――さあて、お楽しみのげいげきタイム~


 あと数センチで指先がとどく、そんな距離をみはからって歩邑が身をひるがえす。

 パッと薫の視界からきえた。


――標識ポールぐるりん作戦、大・成・功!


「修行が足りないのだよ、フフン」


 ドヤ顔で背後に立った歩邑が、薫の頭上にリュックを乗っける。


「ドスン」

「お、おもっ……くなかった」


 効果音つきのアクションにせきずい反射した薫だったが、すぐさまていせいした。


「中身ほとんど入ってないじゃん?」


 とニヤニヤする歩邑。


「そーだった……」


 じぶんのリュックの中身に思いいたった薫は、ほおを指でかいた。

 両手をあげてリュックをつかむ。


――ややや?


 いつかみたドキュメンタリーのようだと歩邑は思った。


――あたまに物をのせて運ぶ、どこかの国の人みたい。

 ちっちゃい薫がやるとめちゃかわ~


 仕返しを考えた薫だったが、身長的な無理をさとってリュックをった。




 商店街をぬけると、コンビニのかどおおみちに合流する。

 その信号をわたった向こうに歩邑の家はあった。


「ここでいいよ。薫バイバイ!」

「またあした」


 薫がくるりとUターンした。

 さも当然のように、きた道を引き返していく。

 テンポのあがった足どりで。ひとりで。


 信号を待っていたはずの歩邑が顔をだした。

 電柱の陰からぴょこり、こっそりと。


――ふり返るよ……ね?


 わずかにわんきょくした通りの構造は、すぐに薫をみえなくした。


――フンだっ! でも、ありがと


 そうこころでつぶやいて横断歩道をわたる。

 みずなしがわにかかるばしをかけ足ですぎ、わきみちへ入ってしばらくすると歩邑の声がひびいた。


「ただいまー」

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