sideroad✦よろしくないね
「これはリーフ侯、ご機嫌麗しく。お久しぶりでございますなぁ」
「…カリアン子爵閣下、本日は如何致しましたので」
「いえ、昨今当領地のキャンベル森林にでる魔物が凶暴化しておりましてな。王に討伐依頼を上奏に参りまして」
「成る程…」
にやにやとしたいやらしい笑みと、小太りの身体を大きく見せようとふんぞり返った姿に思わず眉を顰める。
この男は元々は自分と同じく侯爵位をもつ古い貴族の当主であったが、王の生誕祭の後に行われた大々的な粛清において、領地での大規模な税の不正着服が判明した為に爵位の降爵と現領地の剥奪、代わりに古くからの功績を配慮され辺境の統治を賜ったはずだ。王都からは馬車では10日はかかる距離だったのを考えれば相当切羽詰まった上奏のはずであるのに今この目で見える姿はそうは見えない。
魔物の凶暴化、というのも気になる。そんな曖昧な理由での改めての討伐などをわざわざ…?
何処の村が壊滅しただの領地に被害が出ただのは今のところ届いてはいない。嫌な予感がした。
「うん、君の予想通りだねぇ。厄介なことを言ってきたよ」
「…では、ほぼ私への遠征依頼と言うことでしょうか」
「なんだかんだと回りくどいことを言っていたが、君にしか無理だ、君でないとと繰り返していたからねぇ」
「…私としては構いませんが…、不在時の政務と貴方の警護を…」
「君は何を言ってるんだ」
「…と、いいますと」
「そんなものより厄介事があるだろう。幾日も王都を離れてただですむわけがない」
「…確かに、これほどの遠征は私も初めてで…」
「ステラが暴れると思うんだよね」
「…………は…?」
「下手をするとついて行きかねない。ベリルを1人にするなんて絶対にダメだ」
「さ、流石にそこまでではないかと思うのですが…」
「君は砂糖菓子よりも甘いな」
主が何やら政務の最中よりも真面目な顔で言ってくる。普段からこれくらい真面目な姿を見せてくれたらよいのにな、などと考えながら首を傾げた。
「君を遠征などにやったら領地3つくらい消し飛ばされると言っているんだよ、しかも八つ当たりで」
「なんですかその理不尽な話は」
「ちょっと呼んでみておくれ」
「呼ぶ?…誰をお呼びするのですか」
「何言ってるんだい、その首の……、ひょっとしてまだ召喚はしたことないのかい」
「……? はぁ」
「その六芒星の
「……え、その…ステラ様を…、ですか」
途端に空気が凝縮して空間がネジ曲がる。闇が集まってしゅるりと黒い男を形作った。
「…なんだ、呼んだか」
「あ、え…まさか ステラさ、…ん…ッ」
まだ姿を現しきってもいないうちに顎を捉えると当たり前のように口づける。そのまま耳元へ指を滑らせると髪を梳きながら小さな頭を抱き込んで髪に唇を落とし………、傍にいた気配に気づいた。
「居たのか。ちッ、先日ぶりでございますね」
「気づくの遅いし、笑顔が嘘くさいし、その手は離さないのかい」
「ス…ステラ様…、どうかご容赦を」
クロードの目の前での突然の抱擁に慌ててキースがステラから距離を取ろうとする。強くは拒めない為ゆるく胸を押すだけなのを、意に介さずそのまま片腕に抱き込んだ。
「そうなると、これが呼んだわけではなさそうですね。何か
「まぁ座り給えよ。君にとっても重大案件なんだ」
ふむ、と一瞬考えてからキースを抱き上げて王の前のソファにどかりと座った。
「それは横に置きなさい」
「細かい事を」
「うぅ……」
膝に乗せたまま胸に抱き込んでいた身体を渋々降ろすと隣に座らせて落ち着いた。キースが逆らわないのをいい事に好きに扱いすぎだろう。
「まぁ政治的嫌がらせがあってだね、この子を貶めたい小物が居るんだよ」
「そんなものは握り潰せばよろしいでしょう。
「君が必要なわけではないんだ。ただ伺いは立てておかないといけない事があってね」
「ふむ、何でしょうか。これが関わるなら仕方がない、聞きましょう」
高く足を組むと膝で手を組んで話を聞く姿勢をとる。とても王の前の執事の態度とは思えないがステラだから仕方がない。
「この子を約ひと月の間、国境近くまで遠征に出せという上奏が辺境の子爵家から来ている」
「つまりそれを上奏した虫けらを
「よろしくないね」
「…許すわけがないでしょう」
「だろうね、それでどうしようかって話だよ」
「成る程」
何が許せないかがまず理解できていないキースがひとりで2人の話をおろおろと聞いている。ただの魔物討伐だ。その為にギルドランクも取得しているし、おそらくは自分に倒せない地上の魔物は存在しない。少しの間王都を離れるだけなのだが何故か
まぁ、おそらくは子爵が自分を王都から離している間に何かしら企み事を進めようとしているのだろうとは思っていた。ただそんな小物の奸計などクロードが許すわけがなかったから大して大事とも思わなかったのだ。
「…あ……、ッ」
無意識なのかステラが隣にいたキースを抱き寄せると緩くまとめた亜麻色の髪に指を絡めて弄びながら何かを考えていた。
「その虫は今何処に」
「別宮に滞在させているかな。悪さをしていたから王都から追い出していたんだが、どうやら帰りたがっているようでねぇ」
ちらりとステラの様子を伺いながら言葉を選ぶ。
「その為に…、キースに自分の娘を娶らせようと企んでいるみたいで ね。遠征先で何やら画策しているようなんだ」
とんとんと膝を叩いていたキースを抱いた腕とは反対の指が動きを止めた。
「え…、そのような話は初めて聞きましたが」
「上奏のついでというかねぇ、そんな危険な領地にか弱い娘は長く置けないだの、君に伴侶がいないのはどうかだの、領地は討伐の後 甥に任せて君に見初められた暁には娘と王都に戻る予定だのと言っていたんだよねぇ」
「……つまりそれを
「よろしくないからちょっと落ち着きなさい」
抱き締めた腕を強めて瞳に殺気を宿す。腕の中のキースがそれに気づいてふるりと身を縮こまらせるのに優しく額に口付けて宥めた。
「わかった そういう話なら俺が出る、半刻待て。場所は」
「キャンベル森林。森は壊さないように頼むよ」
「ちッ、面倒くせぇな」
「…え、何をなさるつもりなのですか」
「お前はいい子で待ってろ。終わったら可愛がってやる」
ちゅ、と触れるだけの口づけをすると髪を撫でて そのまま闇の中に巻いて消えた。
「いや、便利だね」
「一体何がどうなっているんですか」
「ふふ、君がキャンベル森林に行くのには10日かかっても、あの子が行くのには一瞬だと言うことさ」
「え…、まさかステラ様に討伐依頼をさせると言う事ですか」
「あの子がやると言うんだから仕方がない」
「クロード様!」
❀❀❀
「……なんだこれは」
広く足元に広がる森林をなんの感慨もなく見下ろして、ここ最近急に凶暴化したという魔物共の気配を探る。
確かに何やらおかしな気配がするが、単純に魔物が増えただの気が荒くなっただの言う話ではなさそうだった。
「黄泉の道が開いているじゃないか…」
小物が知識もなく
おそらくは古の呪法者達が据えたであろう結界石が故意に壊された跡があり、その周りに何人かの騎士と術者の骸が散乱していた。
「外道が自らの欲のために更に小さな命を食い散らかすなど珍しい話でもないが」
キースがここに来ていたとしたらどうだっただろう。悲しんだだろうか。
魔物を討伐するくらいは問題なかろうが、この結界は人間には厄介だろう。命を黄泉に引きずり込もうとする神はごまんといる。ざわりと肌が怒りで泡立った。
「さっさと片付けて帰るとしよう」
すい、と片手を上げると闇を凝縮したような塊が現れそれをゆっくりと崩れた結界石の上へと降ろす。そのままぽっかりと開いた瘴気の流れでる穴へと押し込んでやると暫くして無数のつんざくような悲鳴と叫び声、怨嗟の声、苦悶の声 様々な音が響き渡って散り散りになって引き裂くように消えていった。
静かになったそこへ降り立つと瘴気の残滓を踏み潰して結界石を元に戻す。こんなやわなものではまた悪戯されかねないなと両の手をかざせば四方100キロは目視できるような闇の柱が音もなく立ち上がって静かに溶けて消えた。
「人に荒らされるようなやわなものを放置するからだ。さて…、あとは這い出てきた亡者共か」
人差し指に口付けて静かに口の中で何かを
「星の光よ、導いてやれ 空虚な骸共を地の底まで」
ふおん、と目に見えない圧が一瞬でステラを中心に無音で広がり森林全てを覆い尽くすと亡者という亡者が塵となって崩れて散った。
おそらくは凶暴化したとか言う魔物は黄泉から這い出てきた亡者たちだろう。獣型の元から生息していた魔物達はまだ多少なりと残ってはいるが大して害のない兎や鼠のような小さなモノばかりだ。
2つ3つは大物がいるか、と宙空に何やら文字を描くとそれを握りつぶすように凝縮させて闇に閉じ込め何気ない動作で高く空へ放り投げる。それが宙で消えたかと思えば、森の何処かで理不尽にも前触れ無くそれらは存在ごと喰われてしまった。何せこれは神なのだ、不思議な話でもなんでもなかった。
「戻りました」
「きっちり半刻か、さすがだね」
「ステラ様、お怪我は…」
「ない。心配するな」
「…ッな、このお方は…一体何者でありますのか」
「何かが増えているな」
闇の中から音もなく姿を現すと、貴賓室にもう一人小太りのギラギラと飾り立てた下品な男が増えていた。
「お初にお目にかかる、ステラ・ラグナ・バァンズと申します。闇の城の執事を賜る一介の傀儡でございます、閣下」
「そ、そうか。わしはギリアム・アンドレー・カリアン子爵である。しかし闇の城の従者が何故このような、まぁよい大事な話の最中だ 控えておれ」
突然魔法により現れた鋭い目の漆黒の男に何も知らない只人がたじろぎながらも威厳を保とうと愚かな虚勢を張る。不思議な彩りで光る瞳の美しい男はよその国の従者だというのだ、自分は王への訴えに忙しいというのに邪魔をしないでほしい。
「子爵、口を慎まれよ」
わざとらしい程に恭しく挨拶するステラに対して命令口調で払おうとする子爵にキースが鋭く諌めた。
「な、なんですかな。王の御前じゃ、無礼にも執事如きが…、」
「黙りなさいと言っている」
にこにこと頬杖をついたまま眺めていたクロードが軽く手を上げるとステラがつい、と傍に立ち耳元へと顔を寄せた。
「もう終わったのかい」
「つつがなく。あと…、」
ぼそぼそと今見てきた現状を耳打ちで伝え、骸の付けていた家紋をそっと渡すとクロードがくつくつと笑いをこらえだした。
「成る程成る程、ご苦労さま。悪さも大概にしておかないと身を滅ぼすと言うことだよねぇ」
「いったい、何があったのですかな」
「君がわざわざここまでやってきた悩み事が今綺麗に片付いたと言うことさ」
「……は、今なんと」
「君の子爵位を剥奪する」
「……は、はぁ…?い、いったい何がどうなってそのような話に!クロード様、何があったというのですかな!」
「そのままだよ、そして君には心当たりがあるだろう」
「な、な、な…」
「悪さも人同士の戯れですんでる内なら私は気にしなかったんだけどねぇ、愚かにも程があるよ」
すす、と宙空に描いた光の文字をふっと吹き消すと直ぐに近衛が部屋へとなだれ込み、騒ぎ暴れる男を拘束してあっという間に連れて行った。
「さて、クロード様。ご用事はこれで全て完了したと言うことでよろしいですか」
「ありがとう、残りは裏取りと経緯か あとはこっちでやる、助かったよ。褒美は今日この後と明日から3日全て休暇ということでいいかい」
「5日いただけますか」
「欲張りだねぇ、ははは。まぁひと月かかるところだったのだしね、いいよ」
「ありがとうございます」
腰を抱き寄せられて、二人の会話を他人事のように聞いていたキースがやっとそれが自分にも関わりがあることなのだと気づく。
「え…、え、まさか」
「行くぞ」
「あ、ステラ様…、待っ…」
全てを言い終わる前に満足そうな顔をした黒い男は、大切そうに我が国の宰相を抱えて闇の中へと連れ去ってしまった。
「やれやれ、怖い男だ。まぁ厄介事が最短で片付いたのだからよしとしようかな」
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