sideroad✦星の加護
「いや、ダメだよ?」
にっっっこりと微笑んで首を傾げて何を言ってくれているのかと、金髪の美しい青年…いや一国の王が笑顔に青筋を立てて目の前の黒い男にバッサリと言う。
「何故ですか。危ないだろう」
「いや危なくないからね。むしろ危ないのは君だけだからね」
「あの…、ステラ様、降ろしていただけたりは…」
「いやだ」
「……いやですか…」
「君、自分で不安煽って自分で過保護極めるって何なんだい」
「…? よくわからないが、これをくれ」
「素の君を見るの200年ぶりくらいかなぁ…、いやダメだから。露店で買い物してるんじゃないから」
一応一晩と言ってあったからだろう、彼なりの律儀で返しに来たかと思えば離したくないとか我が儘言い出した挙げ句、いっそくれと言い始めたのだ。
抱き上げられるのは嫌だといったら肩に担ぎ上げられて連れてこられたらしい。うちの可愛い子飼いが片腕で抱え上げられ彼の肩口で助けを求める視線を送ってくる。いや頑張るけどね。
「その子は人とは思えない程優秀な子でね。うちとしても大切なんだよ、簡単に嫁にはやれないなぁ」
「クロード様!ご冗談はやめていただけませんか!」
「何を言っているのかわからんが、どうしてもか」
「会いに来てもいいけど、置いていきなさい」
「………わかった…」
声音は変わらないが有無を言わせない響きにあのステラが折れた。
「ほら、ちゃんと降ろしてあげてください。困っているだろう」
「…困っているのか」
「は…?いえ、あの…… 少し…」
その言葉に渋々と言った顔で細い身体を地に降ろすと長い亜麻色の髪を軽く梳いてやる。
「…クロード様、本当に置いていって大丈夫ですか」
「あのねぇ、そもそもなんでそんなに心配なんだい?」
「心配…?」
「君にとってはただの人間じゃないか」
「…こんなに脆い生き物だと思わなかったもので…」
「その子は、人間の中では殆ど一番強いんだけどね」
「そうなのか」
「…多分、そうかと思いますよ」
一晩中撫でていじって抱き締めて寝た身体が、今離れて立っているのが既に我慢ならない。
苦笑混じりに控えめな肯定をする青年に納得するしか無いのかともやもやしているとクロードが仕方ないなとため息をつく。
「じゃー、わかったよ。君の加護をこの子にあげてもいいよ」
「…いいのか」
「そのままじゃくっついて離れないだろう、君。それじゃあ私もベリルも困る」
「本気ですかクロード様」
「仕方ない、君だってこのままじゃ困るだろう」
自分の唯一の加護を目の前のただの人間に与える。
それは普通であればあり得ない事だった。
神の一部を埋め込むのだ、繋げてひとつにする。泣けば分かるし、苦しめば自分にも伝わる。命が尽きれば一度は救える代わりに同じだけの苦しみが流れ込む。
それを何の力もないただの人間に与えるのだ。
脆くて壊れやすい、ただの人間に。
「それで何が起きても君が守ってやれ、私はもう与えてやれないしね」
「さすがにそれは…、私などが頂いていいものではありません」
「わかった、それでいい。受け取れ」
「ぇ、ステラさ…ッ」
迷いなどなかった。慌てるキースの顎を掬い取ると自分へと向かせ、有無を言わせず深く息も喰い付くす程に唇を合わせた。
「………ッ、ん… ぅ…ッ……」
「…他にも方法あるだろうに、私の前で手段迷わなかったね、君…」
酸素が足りないのだろう、がっちりと抱きしめられた身体が細かく震え、縋った指がステラのシャツにシワを作る。
ゆっくりと淡い光が包み込むとキースの首筋にふんわりと光る六芒の星が宿った。くったりとした身体を支えながらやっと解放してやると息も絶え絶えに空気を求めてキースがあえぐ。
「…ッふ、ぁ……は、は……」
「満足そうな顔をするんじゃない、まったく…」
「さっきからやかましい」
抱き締めた頭を自分の胸に押しつけると、軽く首を傾げさせて首筋についた自分の証を確かめる。得も言われぬ満足感にやっと落ち着いたのか軽く髪に口づけると離してやった。
「帰ります、…また来る」
「……君、まだ自覚ないの」
「何がでしょうか、クロード様」
「いや、いいよ。これでキースに悪さも出来ないだろうし 仕方ないから会いに来てもいいよ」
「………では、失礼いたします」
闇に飲まれて消える影を見送って、まだわけが分からないと呆然と立ち尽くす青年に こっちも多分まだだなぁと苦笑する。
「無事でよかったよ、帰ってこなかったら戦争だった」
「……本当に、ご冗談はやめてください」
唇を指の背で確かめるように撫ぜながら、複雑そうな顔でぼぅっとしたまま まだ現実を受け止められないようだ。
「大変なのに、執着されたものだね」
「執着…、そうなのでしょうか」
「愛されちゃったねぇ、の方がいいかい」
「…ッ、は…?、何を言ってらっ……しゃ…」
苦笑を隠しきれない顔は冗談を言ってはいなかった。むしろ、この『神』が、困った顔をして肩をすくめている。
「言っておくけど、あの子も神だよ。愛するのは個体だ。神だろうと、竜だろうと、馬でも魔物でも…、人間でもね」
「間違いでは…、ステラ様がおっしゃったわけではありません」
「んー、まぁそうなんだけど。あの子はまだ自覚もしていないようだしね」
「クロード様にはわかるのですか」
「わからないのは、君とあの子だけさ」
ははは、と可笑しそうに笑う。
このまま気づかせないで眺めていてもよかった。愛を伝える求愛行動だの言うのもあり得ないだろうし、勝手に伝えただの怒ることもないだろう、が さてどうしたものか。
「君はどうしたい、別に知らんぷりで一生涯あの子に護らせればまぁ、この国としても安泰だねぇ」
「何も返さずに、と言う事でしょうか」
「返すも何もアレは自覚すらしていない、勝手にしたいからしているだけだよ。ほんの100年だ、放っておいていい」
ほんの100年…
急に首筋に光る星が重く感じた。
ずっしりと、重く、熱くのしかかる。
❀❀❀
「ただいま戻りました」
「おまえね…」
「見てたんだろう、そんな顔をしないでください」
「いや、呆れただけ。ここまで来てまだわからないのもだが、流石俺の子だなと思って」
「なにがだ。やめろ、気色の悪い」
「なんか昨日はもうキメラみたいになってたからな」
「……?どういう意味です」
「もう二人でひとつの生き物みたいになってたぞ」
「なんだそれは……」
「まぁ、いいけどよ。あれで満足したのオマエ」
「…連れて帰ってはダメだと言われましたので」
「まーいいや、今日の仕事終わらせようぜ」
「畏まりました」
やっといつもの調子かな?と呆れた顔でそっと伺う。まだ少しソワソワしているのがおかしくはあるが昨日の様子からしたら大分マシだろう。
「人間が、神の伴侶ねぇ…」
無くはない。生き物が生まれるのと同時に現れた好色な若い神達には、美しい人間の女を攫っては子を成すモノも居るし、美しい少年を囲っては慈しむ女神もいる。
だがまさかこいつが、と思う。
そういえばシエルは今は少年だが元は女神だった。自分達はそもそも性別という概念がない世界で生まれたからそんなものはないが、あの子達は最古の女神と男神として生まれた稀な存在だ。自分の一途に
そのせいか神々の中でも
まぁ、
100年後にはどうなるのかな。
自分が
あぁ、ダメだ。それを想像するだけで世界を壊すほど気が狂いそうだった。
ざわりと、単なる想像だけで全身を包んだ頭がおかしくなりそうな衝動を、天を仰ぎゆっくりと呼吸を繰り返して逃がしてやる。こんな衝動の、おそらく何億倍もの感情をあの子に耐えろというのか。
自覚などさせなければいいのかもしれない。そうしたら、穏やかに ひとりの人間が土に還っただけだと思ってくれるかもしれない。
「…………………いや、どう考えても無理だろ」
「なんです?真面目に決裁をお願いしたいのですが」
自分の子だった。もうそれだけで未来が見えた。
老いて姿が変わろうとも彼奴は変わらず愛するだろう。枯れ木の様になった手を取って、愛しい人だと口づけるだろう。
だが消えるのには耐えられない。それだけはきっと無理なのがわかった。
世界を壊すか、自分を壊すか。
アッシュやシエルと違って魂が人間なのだ、たとえ加護で老いは止まってもステラと共に生きることは出来ない。
造り替えるしかない、が…。
『人間だったものが、神の愛と執着に耐えられるものかな…』
まぁ100年あるか、と考えるのをやめた。
可愛い子を守る為に、最悪勝手に造り変えればいい。
神とは元来そう言う存在なのだから。
❀❀❀
「君ねぇ……」
「おや、見つかりましたか」
「いや毎晩気づいてるからね。何で見つかってないと思ってるんだい」
夜の住人だ、暗闇で元気なのはわかるが毎晩はないだろう。
「キースに会いに来るついでに毎晩ひとつ悪戯して帰るのやめてくれないかい」
「何だか腹立たしかったもので」
「あの子をあげなかったのがそんなに気に入らなかったのかな」
「どうでしょう。
毎晩毎晩ひとつだけ神殿の中に悪さをしていく。
入口の像にヒゲを描いたり、肖像画を全て順番を入れ替えたり、見つめ合う像をそっぽ向かせたり、噴水に花を挿して水を止めたり。
子供のような悪戯ばかりだが地味にイラッとする。
「あんまりおいたが過ぎるとあの子に会わせてもあげないからね」
「…ちッ、仕方ねぇな」
「ステラ?」
「畏まりました、どうぞご勘弁を」
わざとらしい程に恭しく頭を下げると、しゅるりと闇に飲まれて消えた。
なにやらここで悪さをして気分良くしてから夜這いに行くらしい。何をしているのか毎晩通い詰めているようで、執着具合は
さて、これで悪さだけはやめてくれるかな。手の焼ける子だなと小さく欠伸をして健やかな眠りの為に部屋へと戻ることにした。
「…キース」
同時刻にリーフ邸、むしろ直接侯爵の部屋に影が巻いて黒い男を形づくる。
ここ最近の日課、夜だから日課とは言わないのか?…まぁどちらでもいい。
眠る彼を確認すると、起こさないようにそっとベッドに近づく。目的の彼は相変わらずすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
本当に大丈夫なのだろうか、こんなに無防備なのに。
枕元で抱え込むように眠る顔を覗き込む。
一日中落ち着かなかった胸がこの瞬間やっと凪いで戻るのだ。満足するまで眺めてから頬をそっと撫でると触れるだけの口づけをして、起こさないように静かに離れる。あの日触れたら我慢ならなくなった。
毎夜思うがこれは一度眠るとなかなか起きないようで、置いていくのは心配だが仕方がない。自分が守ればいい。
確か後継者のガキも居たはずだからさっさとあとを継がせてしまおう。
「そうしたら、すぐにでも俺のモノにできるのに」
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