預けに行こう

「実はあの即身仏、こんなもの落としたんですよね」


ベルが退出してからおもむろに、そっと隠し持っていたらしい何かをテーブルに置いた。

それはツルッとした水晶玉の様なものだが何かの紋様のようなものが見える。


八雷神やくさのいかづちがみの珠のひとつですかねぇ」

「なんかの鍵…、だっけか」

「冥府の扉の鍵ですね。常世に一つずつしか顕現しないはずなので、あの雷神の珠はこれだけという事になります」

「なんかまずいのか」

「集めてる人がいたら面倒くさいでしょう」

「…捨てるわけにもいかなさそうだな」

「まぁ、いきませんね。冥府の品ですから」

「んじゃ、バッグに入れて忘れろ」

「そうします」

 

ぽい、とポーチを手繰り寄せると軽く放り込むシエルを見て、黙って見ていたビアンカが困った顔でおろおろとしている。


「おふた方…、それは死人に会いに行く為の扉というものの鍵では…?」

「多分そう、ですね」

「持ち歩いて握りつぶすのは危険なのではありませんか?」

「万が一集める人間が現れたら確かにそうなんですが…、下手なところに捨て置くのは死霊を集めて危険ですし、うーん」

「じゃあ仙人の頂にでも預けたらどうだ」

「……あぁ、成る程」


霊峰は死人が近寄れない聖域だ。人が住めないような雲の上の頂に仙人が住み着いて、ひとり下界を眺めて暮らしているという。

天女と呼ばれる精霊が舞い、霊峰のひとつに誰が建てたかわからないが祠が祀られている。


「霊峰の祠か、行ってみます?」

「面倒が起こる前に押し付けに行く方がいいだろ」

「押し付けに行く…」

「まぁまぁビアンカ様、世の中の平和の為ですよ。そもそも生者が死人に会いたいなんてよろしく無い行いです」

「全てを笑顔で誤魔化そうとするのは昔から変わりませんわね…」

「おや、耳が痛い」


母と言うものはセリスであった時はカイダイアインをそう認識したことはないし、この身体を産み落としてくれた女は物心ついた時には先々代王ルシウスの元にいた為殆ど記憶がないからよくわからない。自分の中ではこの人ビアンカがまさにそういう生き物なのだろうと認識していた。自分の母ではないのだが、大切にしてあげたいと思う女性だ。


「ではちょっと出掛けますか。皇宮の後始末の方はどうなっていたかな」

「意識が戻ったあの女は始め少し暴れたらしいが、すべてが露見したのがわかったのか大人しくなった様だな」

「覗いてるの?僕達はもう関与は要らないかな」

「構わんだろう。むしろ俺は女が神殿に発つまでは城には近づかない様に言われたくらいだ」

「君こそそのお顔、隠したらどうです?」

「仕返しか」

「別にー」


本人は知らないが、アッシュはアルフにそっくりだ。記憶がないまま成長したせいか表情や話し方、性格などは全く違うがふとした仕草が時折全く同じでどきりとする事がある。ただ、そんな事を言えばアッシュが不快な思いをするだろう事はわかっているので決していわないが。


ただその瞳の色だけが違った。

太陽アルフは蒼天を映した真っ青な空の蒼だった。

僕は、ぼくを溶かし込んだようなアッシュの瞳を一番気に入っているのだ。


「そういえば、霊峰の仙人が代替わりしたとかなんとか言ってましたね」

「あぁ、そう言えばそんな事をあの馬鹿クロードが言ってたか。あの爺さん往生したのか」

「それはわかりませんけど、主が代わっているはずなので挨拶は必要ですかね」

「お二人は霊峰の神様をご存知なのですか」

「あそこに住んでいるのはただの人間ですよ」

「そうだな、ただ何故か代々空の精霊ロックハートが気に入ってな。仙人だなんだと呼ばれているのはそのせいだ」

「まぁ、では霊峰の仙人様は空の精霊主エレメンタリー様なのですか」

「代替わりした人がまた気に入られていればね」

「そう言えば、空の精霊主エレメンタリー様は国の何処かにいらっしゃる、としか公になってはおりませんでしたね」

「順当に行けばあの時赤子だった孫じゃないか?」

「多分そうですね。娘さんは麓の村で普通にお暮らしでしたし、じじ様の事ですから連れ回して叱られていそうです」

「ベルと同世代くらいのガキだったか、確か名前は……―――」




「えー!あに様達もう行っちゃうんですの」

「んー、まぁちょっと用事が出来ただけなのでまた戻ってくるかもですから」

「嘘ばっかり!また1年も2年もわたくしの事など忘れてしまうくせにぃ」

「今回はまだ大して滞在してませんからね、また来ますから。発つ前にギルドに寄りますが一緒に行きますか?」

「行きますぅ」

「………くっつくな」


 街から帰ってきてすぐに二人が旅立つと聞いてむくれる少女に少しは機嫌を取っておくかと誘ってみる。影達には悪いとは思うが許して欲しい。




「あに様の!お洋服を!選びたい!」

「わぁ、面倒くさいこと言い始めましたね」

「だってあに様いつもお姿を隠してばっかり、勿体ないです勿体ないです!」

「駄目に決まってるだろう」

「何でですか!」

「うーん」


心底面倒だと思いながら無意識に笑顔が張り付く。

アッシュの機嫌は一番損ねたくない、たとえ大地が枯れ果てたとしてもだ。この独占欲の塊は着飾る僕など喜ぶわけがない。どうしようかな、と少し考えて一つの店に目を留めた。


「お前みたいにシエルを完全にガキ目線で見られる人間は少ねぇんだよ」

「ガキってなんですかー!」

「じゃあ、あそこで帽子を選んでください、これから行く場所はちょっと日差しが直接刺さる場所でね、買おうと思ってました」

「えぇえ〜、お洋服がいいのに」

「でも着飾った服は着れませんよ、山登りするので」

「そうなんですの?…それなら、わかりましたわ」


「いらっしゃいませ、御自由にどうぞ。御用があればお声掛けください〜」


カランと鈴を鳴らして帽子屋の扉を入る。店員が軽く品物を整えながらあまりお節介になり過ぎぬよう声をかけてきた。店に入るのは久しぶりだ。あまり人前でフードを外したくないのは自分もだったから。


「どんな帽子がいいかしら、日差しを防ぎながらもあに様に似合う可愛らしい、かつ山登りに耐える実用的なもの…ッ」

「……そんなのあるのか」

「探します!」


ぱたぱたと店内を迷惑にならない程度に走り回り、いくつかの帽子を選んで持ってくる。早く早くと鏡の前に連れてこられて、やれやれと仕方なくフードを外した。


ざわり…と店の空気が止まった。

もうさすがに慣れたがやはり面倒事が起きないか毎回何となく警戒してしまう。店内にいた人間が一人残らずこっちを見ていた。人形のように動きを止め、瞬きも忘れて見つめてくるのだ。

無邪気にこれは、こっちはと勧めてくる帽子をいくつか合わせながら不機嫌そうなアッシュに苦笑を抑えられない。


「直ぐに決めるから、いい子にして」

「早くしろ」

「なんですか師匠、あに様の愛らしい姿を見て何て顔ですか」


子供の姿でこれなのだ、まぁアッシュが嫌がるのはわからなくもない。


セリスは本当に美しかった。


実際に会ったことはない。

ただ同じ記憶と姿を持っていたから知っている。

太陽アルフが恋焦がれ、求めて、狂おしい程に愛しているひとだ。

たった一人で月明かりの中、ただただ悲しげに座っていたのだけ『覚えて』いる。


彼女はほんの僅かでも僕が傍に居た太陽アルフと違い、今も昔もたった一人だ。溢れるばかりの愛をもらいながら、抱き締めてくれる腕もなく囁いてくれる人も居ない。ただ時折 父であり、母であるアインが会いにきてくれた。


「どっちが…幸せなのかな……」

「どうした」

「なんでも、これにしようかな。どうですか」

「とってもお似合いですわ!」


風は恐らくアッシュがどうにでもしてくれるはずなのでとりあえず日差し避けをメインに選んでみた。にっこり微笑んでやると店中から息を呑む気配を感じる。


……セリスがまともに生きられるわけがない、か。今自分が成人女性だったらと思うと、成る程。


「少しは言うこと聞きます」

「…何だよ」

「あに様、可愛いですわぁぁぁあ」


身悶えしながら大声で叫ぶのやめて欲しいな?




「こんにちわ、えーと?」

「タリサ!今日はあに様がご用事があるそうなの!ジョルジュかダリルのオジサマを呼んでちょうだい」

「あ、えーと…、ようこそベル様とお連れ様方。少々お待ちいただけますか」

「ありがとう」


チラチラとこちらをまだ伺う視線を抑えられない辺りはまだまだ新人と言ったところか。

まぁあの二人のことだから自分達の事は殆どギルド内では話してないのだろう、気になるのは分からなくもないのだが。


「よぉ、お嬢 よく来たな」

「アッシュ様、シエル様、ようこそ」

「お邪魔します。今日はちょっと用事があって寄っただけなのですぐにお暇しますから」

「珍しいな、どうした…ました」

「ちゃんとしゃべれてないぞダリル」

「おや、お二人揃って下さって恐縮ですね」

「勘弁してくれ」


冒険者上がりの彼はベルの様な身分のある相手は苦手なようでどうにも挙動がおかしくなる。ベルの方はといえばもう平民だった頃の記憶などない筈なのに皇宮よりも市井の方が馴染むようで。


軽く対話スペースに移動してすぐにアッシュが周りの音の遮断をする。


「なんだ内緒話か」

「早速ですが 無垢なる水を提供しますので、こちらで少し管理いただけませんか」

「ん、月光病の薬か。何でまた」

「先日までいた国でそれこそ人生かけて探してる方々がいらしてね…、何だか申し訳なくなってしまって。ここは大陸の中心部ですし 何処か、では無くここにあると分かっていれば困らないでしょう」

「あー…なる程な。50年に1人位で迷い込むらしいし、悪くないか。飲むのに期限とかは大丈夫なんだよな」

「神水ですから腐敗したりは有りません」

「わかった、預かろう。何かの宣伝にも使わせて貰うわ」

「手数料代わりです、お好きなように。ただ患者様に直接使用を原則と、金銭を頂かない事。念の為時々入れ替えにリリィをやりますよ」

「了解した。転売なんかはさせねぇよう徹底管理する」


前もって亜空ポーチに用意していた小瓶を数本取り出して机に置く。そんなに何人も現れないだろう話なので多くはいらないだろうが、ギルドからこちらへの連絡手段がないのと、万が一破損した場合を考えて予備は必要だろう。


「経路と、僕達の素性はできれば最少にお願いしますね」

「まぁ当然だな、ジョルジュ頼む」

「畏まりました」

「では、僕達はちょっと出掛けますので、またベルのお守り頼みます。1人で悪さはしないように釘は刺しましたので、見張りをよろしく」

「ほんとかよお嬢」

「先程お二人と久しぶりに地下洞穴へ行ってまいりましたから本当です」

「あっははは、そりゃいいや」


不本意そうにむくれながら認める。


「この子をタウンハウスまで送ってやってください、僕達はこのまま出掛けますので」

「了解した」

「あに様、ご用事終わりましたらホントにまた来てくださいましね」


にっこり微笑んで応える。

昔から、慕ってはくれるが余り我が儘を言わない子だった。天真爛漫な少女に見えてあれで自分の立場も環境も理解している。

自分がどうあれば周りが喜ぶのか、自分がどう生きれば自分にとって、引いては大陸にとって最善なのか。


あの子も、普通の少女として生きられないのだ。少しばかり甘やかしてあげなければ。



「では、行きますね。いい子にしてなさい」




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