第6話 束の間の平穏と、忍び寄る現実
しばらく自堕落な日々を送っていたアリアだったが、どれほど怠惰を好む人間でも、変化のない単調な毎日はやがて退屈を呼ぶ。
いくら怠け者のアリアでも流石にこの生活に飽きを感じ始めていた。それに、貴族として、騎士として生きてきた習慣と、日に日に鈍っていく体への恐れが、だらけたいアリアの心をしぶとく邪魔し続けていた。鏡に映る自分の姿は、かつての「閃光のアリア」とは似ても似つかない、締まりのないものに変わりつつあった。
「いくらなんでも、このままじゃ本当にただの怠け者になっちまうな……。まずい、まずいぞこれは。せめて、最低限の体力くらいは維持しないと、いざという時に困る。よし、今日はちょっとだけ体を動かすか」
珍しく殊勝なことを思い立ったアリアは、山小屋の裏庭で簡単なストレッチを始めた。騎士団で叩き込まれた準備運動の型を思い出しながら、ゆっくりと手足を伸ばす。ギシギシと音を立てそうな関節を労りながら、体操を繰り返した。
「んしょ、んしょ、ふぅ……やっぱり体動かすのは気持ちいいな。……ん?」
その時だった。アリアは視界の端、数キロ先の麓の村へ続く道に、キラリと光るものを捉えた。
それは、見慣れた騎士団の装備が太陽光を反射した輝きだった。最初は気のせいかと思ったが、目を凝らすと、間違いなく王国騎士団の一隊が、いっし乱れぬ隊列を組んで、こちらの方角へ向かってきているのが分かった。
(なっ……!? き、騎士団!? なんでこんな山奥に!? まさか、この場所がバレたのか!?)
背筋に冷たい汗が流れるのを感じ、アリアは血相を変えて家の中に飛び込んだ。
「ルクス! おい、ルクス! 大変だ、騎士団が! 騎士団がすぐそこまで来てる! どういうことだ、説明しろ!」
アリアの切羽詰まった声に、いつもアリアの傍らで光球の姿で漂っていたルクスが、のんびりとした口調で応じた。その光は、普段と変わらず穏やかに明滅している。
《はいはい、ご主人様、落ち着いてくださいませ。騎士団の方々がこの山域を捜索されているのは、いつものことでございますよ? わたくしが巧妙に誘導し、決してこの隠れ家には近づけさせておりませぬゆえ、ご安心を。彼らはただの定期パトロールのようなものです》
「安心できるか! いつもってなんだよ、いつもって! なんでそんな大事なこと今まで黙ってたんだ! しかも、どう見てもこっちに向かってきてるじゃないか! あれがパトロールに見えるか、どう見ても包囲網を狭めてる動きだぞ!」
アリアはルクスに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
《え? ですから、彼らはわたくしが巧妙に撒いた偽の情報に釣られて、この山全体のどこかに残党のアジトがあると信じ込み、ローラー作戦を展開しているだけで……まさか、ご主人様はご存じなかったのですか? 先日はもっと近くを捜索していたのでてっきりお気づきかと…》
「ローラー作戦!? 聞いてないぞそんなの!こんな怠けてる人間がいちいち外なんて見るわけないだろ!? それに、私が質問してもお前はいつも『万事順調です』しか言わなかったじゃないか! 都合の悪いことは全部省略してたのか!?」
アリアの剣幕に、ようやく彼女の真剣さを理解したのか、ルクスは困ったように光を揺らめかせた。
《も、申し訳ございません……ご主人様を不安にさせてはいけないと思い、詳細は割愛しておりました……。まさか、ご主人様がそこまで詳細な報告を望んでいらっしゃったとは。ですが、本当に大丈夫です。わたくしの結界は完璧ですし、彼らがここを見つけ出すことは万に一つも……》
「その万に一つが起きたらどうするんだ! もういい、今すぐここを離れるぞ! お前の『大丈夫』はもう信用ならん!」
そして、アリアは、半ば強制的にルクスからこれまでの偽装工作の「輝かしい成果」と、それによって引き起こされた世間の「アリア英雄伝説フィーバー」、そして騎士団の「執拗なまでの大捜索」の詳細を聞かされ、ようやく事態が自分の想定を遥かに超えてヤバイことになっていると理解した。詩だけではなく、アリアの死を悼む歌、銅像建立計画、ヴォイド残党への憎悪、そしてアリアの名前を冠した新たな勲章の制定案まで出ているという。頭を抱え、その場にうずくまりたくなる衝動を必死に抑える。
(に、私の名前を冠した勲章まで作ろうとしてるって!? 全然忘れられてないじゃん! むしろ、死んでからの方が有名になってるじゃないか! 私はただ、静かに暮らしたいだけなんだってのに!)
計画の詰めを全てをルクスへの丸投げし、都合のいい情報を鵜呑みにして疑問を持たなかった結果だ。自分の考えがいかに甘く、そしてルクスの報告がいかに楽観的であったかを、今更ながら痛感した。
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