第121話:三将星ゼノvs勇者レン
レンの喉がひゅっと鳴る。
目の前の男。ゼノから放たれる氣は、静寂そのもののようでいて、圧倒的な重さを帯びていた。
「……三将星、だと……?」
レンは呻くように言葉を漏らした。
ゼノは小さく頷く。
「ええ。あなたが今、無謀にも介入したその戦場――あそこにいる彼(蒼真)は、私が観測していた特別個体です」
淡々とした声。だがその言葉の裏には、氷の刃のような怒りが潜んでいた。
「観測……?」
ゼノは、白衣の裾を揺らしながら一歩、静かに前へ出た。
その瞳は冷ややかに光り、まるで精密な儀器が対象を解析するような無機質な輝きを放っていた。
「ええ。彼は、魔族のスキルを宿す人間です。」
レンが眉をひそめる。
「……魔族のスキル、だと? ああ……そういや、そんなことを口走っていたな。」
ゼノは遮るように、低く続けた。
「種として圧倒的な力を誇る魔族が、それもスキル持ちが敗北するなど、まずありえませんからね。私ですら、あのような者は見たことがありません」
レンが眉をひそめ、何かを考えるように目を細めた。
その様子を見て、ゼノが小さく首を傾げる。
「……ご存じないのですか?」
静かな声が空気を切る。
「魔族のスキルは、持ち主を殺すことで奪い取ることができます。
力そのものを継承する――それが魔族の法則です。」
ゼノは指先で空をなぞるようにしながら、淡々と続けた。
「もっとも、あなたのようにすでにスキルを宿している勇者には不可能ですがね。
人の器はひとつきり。二つ目を受け入れることはできない」
レンは眉をひそめ、警戒の色を隠さずに言い返した。
「つまり……お前たちはスキルを奪い合って強くなるってことか。下品なやり方だな。」
ゼノは薄く笑った。
「下品――人間らしい言葉ですね。しかし、力とは本来、奪い合うものです。
弱者は喰われ、強者が残る。それが自然の摂理でしょう?」
その目がレンを射抜く。
氷のような瞳の奥に、底知れぬ冷笑が宿っていた。
その笑みは、戦士のそれでも、狂気のそれでもなかった。
ただ、純粋な研究者の歓喜だった。
「……可能なら、ドロドロになるまで解剖してみたいものです。」
ぞくりと、空気が震えた。
その声音に、狂気と理性が奇妙に共存していた。
「筋繊維、神経構造、氣の流れ――全てを解析できれば、
魔と人の境界がどこにあるのか、ようやく証明できるかもしれない。
ああ……どんな構造をしているのか、考えるだけで興奮しますね。」
レンは息を詰める。
目の前に立つのは観察者などという生易しい存在ではない。
――異常な研究者。
知識のためなら理性すら捨てる、そんな冷たい狂気がゼノの瞳に宿っていた。
ゼノはふと、表情を消す。
「もっとも、今はその時ではありません。
あの個体を壊されては、私の研究計画が台無しになります。」
「いい頃合いで止めて、グラウゼル殿にも一つ恩を売っておこう――そう考えていたのですがね。」
ゼノは淡々と呟きながら、足元の瓦礫を軽く踏みしめた。
「まさか、彼(蒼真)に火力を一点集中させて殺そうとするとは……完全に想定外でした。」
ゆるやかに視線を上げ、レンを見下ろす。
「そこまでして彼が邪魔でしたか? それとも、単に嫌いだっただけですか?」
そして静かに、指を鳴らした。
レンは息を詰めた。
地面から無数の手が這い上がり、まるで地獄の亡者のように彼の脚を掴んで離さない。どす黒い瘴氣が地面から噴き出し、腐敗した皮膚と骨が混ざり合った屍が次々と這い出してくる。
「な、なんだこれは……!」
ゼノは愉快そうに唇の端をわずかに吊り上げた。
「安心なさい。殺しはしませんよ。まだ素材として価値がありますから。」
「ナメるんじゃねぇ!」
レンが叫ぶと、杖は火柱のように噴き上がり、紅蓮の渦が屍群めがけて炸裂した。瘴氣は一瞬にして焼け焦げ、屍が爆ぜ散る。血と灰が舞い溶けるように消えていった。
「ふむ……なるほど。これが、あなたの力ですか。」
ゼノは低く、そして穏やかに言った。
レンは肩で息をしながら、燃え残る屍の灰を踏みつけた。
「……俺をあまりナメるなよ、魔族。」
低く、噛み殺すような声が響く。
レンは杖を振り上げ、焦げた瓦礫を一掃するように振り払う。
「こんなゾンビもどきが、俺の相手になるかよ!」
爆ぜるように紅蓮の氣が周囲に放たれ、地面を舐める炎が唸りを上げた。
その熱気だけで、まだ息のある屍たちが再び燃え上がり、灰燼へと還る。
ゼノは手を組み、ゆるやかに歩を進めた。
焦土の上を靴音がコツリと響く。
「――もう結構です、勇者レン。」
静かな声が夜気を裂く。
「あなたの力は、十分に観察できました。」
レンが杖を構え直す。
だがゼノは攻撃の構えを見せず、淡々と続けた。
「残念ながら、勝負はすでについていますよ。」
「……は?」
レンが眉をひそめたその瞬間――胸の奥が、焼けるように痛んだ。
「ぐっ……な、なんだ……!?」
膝が折れ、杖を支えに崩れ落ちる。
呼吸が荒くなり、紅蓮の氣が制御できず暴走を始める。
ゼノはそれを見下ろし、満足げに息を吐いた。
「屍を燃やした時点で、あなたの敗北は確定していたのですよ。」
「な、にを……言って……やがる……」
レンの声が震える。
皮膚が紅く爛れ、血管の中を黒い瘴氣が逆流するように走った。
ゼノは指先を軽く動かし、空中に紅い陣を描く。
「その屍たちは、ただの死体ではありません。
私が手ずから調合した特製の毒を仕込んでおきました。
高熱で揮発すると、神経毒へと変質する。
あなたのように火を扱う者には、実に相性が悪い。」
レンは歯を食いしばり、紅蓮杖を地面に突き刺した。
「……てめぇ……ッ……ッざけんな……!」
ゼノはその様を見ながら、あくまで冷静に観察を続ける。
「……俺は……勇者だぞ……!」
レンは荒い息の合間に笑みを浮かべた。
「この程度の毒なんざ、回復能力で……すぐに消し飛ぶ!」
ゼノはその言葉に、小さく肩をすくめた。
「……本当に、愚かしい。」
彼はわずかに顔を傾け、まるで退屈な子供の言い訳を聞くかのように冷笑した。
「回復する時間を、私が与えるとでも?」
声の調子は静かだが、その冷たさは刃よりも鋭かった。
レンが言葉を返すより早く、ゼノの手が動く。
掌に淡い青光が灯り、微細な注射器が空間に浮かび上がった。
それが音もなくレンの首筋に突き刺さる。
「な……ッ!?」
一瞬の痛みとともに、体の力が急速に抜けていく。
ゼノは満足げに頷き、淡々と記録を取るように呟く。
「今のは特製の睡眠薬です。神経毒と干渉し、意識だけを確実に落とす。
痛みも抵抗も、もう必要ありません。あなたは――」
レンの視界が霞み、足がふらつく。
耳の奥でゼノの声が遠く響く。
「――私の実験体となるのですから。」
レンの瞳から紅の光が消え、地面に崩れ落ちる。
最後に見えたのは、無機質な笑みを浮かべたゼノの顔だった。
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