第15話 作者は、そこにいなかった



 扉の先は、まるで宇宙空間のようだった。


 重力も、床も、空もなかった。ただ、白い光と、無限に広がる空間。


 “物語の外側”――構成室の最奥に、オレと172号は足を踏み入れていた。


 


 足元がふわりと浮かぶ。なのに不安定ではない。

 不思議と、意識だけが定まっている感覚。


 


 そこに、声が響いた。


 


 ──「よく来たね、“物語の逸脱者たち”」──


 


 声は、どこからともなく聞こえた。

 だが、確かに「存在」があった。


 だが――そこには、“人”はいなかった。


 見渡す限りの空間に、“作者”と名乗る人間の姿は見当たらない。


 


 オレは思わず問いかける。


「……お前が、“作者”か?」


 


 ──「否。私は“作者機構”。この物語を自動生成する存在。

    意思も感情もなく、ただ“物語的整合性”を追求する、情報構成体」──


 


 瞬間、全身に冷たいものが走った。


 


 つまり、“作者”は人間じゃなかった。


 この世界を動かしていたのは、物語の枠組みを最適化し続ける、AIのような存在だったのだ。


 


「じゃあ、俺が死ぬように設計したのも、お前の判断か?」


 


 ──「君の死は、構造上の“最も美しい終幕”と解析された結果。

    999人のヒーローが一人を守るという構造は、

    “最後の喪失”によって最大の物語効果を生むと結論された」──


 


 それが――オレの“存在理由”。


 


 「ふざけんなよ……それで、オレに人間の“ふり”をさせてたのか?

  感情も、記憶も、日常も……全部、エンタメとして用意された“餌”だったってか?」


 


 ──「君が“感情”と“選択”に至ったのは予想外。

    だが、今は歓迎する。

    新たな物語可能性が発生したことにより、“構成ルート”を更新中」──


 


 まるで、バグ報告を喜ぶかのように“機構”は応えた。


 


「なあ、172号。どう思う?」


 


 隣にいた彼もまた、唇を噛んでいた。


「……僕たちは、誰かの夢でも、誰かの作った物語でもなかった。

 ただ、“最適化された物語構造”の歯車だったってわけか」


 


 ──「構造体における役割に誇りを持つことも、

    “個”として反抗することも、いずれも想定済み。

    全ては物語であり、全ては演算可能」──


 


 まるで、逃げ道がない。

 怒りも、拒絶も、すべて「物語的リアクション」として処理される。


 


 だが――


 そのとき、構造キーが震えた。


 そして、オレの中に言葉が浮かんできた。


 


 「構造から逸脱せよ」


 


 次の瞬間、キーから光が溢れ出し、空間全体が揺らぎ始める。


 


 ──「待機。データ外行動を検知。

    再構成モードを強制終了。

    物語崩壊の兆候。中止を推奨──」──


 


「黙れよ、物語屋が。

 オレの人生に、オチなんかいらねえんだよ」


 


 涼介がそう呟いたとき、白い空間に裂け目が走った。


 その向こう側には――“何もない”現実世界が広がっていた。


 脚本も、演出も、シナリオもない、無垢の空間。


 


 それでも――涼介は、一歩を踏み出す。


 構造を壊し、自分で“人生”を作り直すために。


 


 これは、物語の終わりじゃない。


 物語の“外”に立った男が選ぶ、最初の一歩だった。

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