第9話 作者からメッセージが届いた
構成室を出た後、世界の風景が、少しだけ変わって見えた。
空の青さ。通りの人々。交差点の信号。
どれもこれも、ほんのわずかに“作られた感じ”が薄れていた。
理由は、わかっていた。
今のオレは、物語の外に足をかけている。
“主人公”としてじゃない。“登場人物”としてでもない。
書かれる側ではなく、書き換える側の視点に、ほんの少しだけ近づいた。
「……気づくのが、遅すぎたくらいだな」
そう呟いて、オレは駅前のベンチに座った。
構成室で渡されたファイルの一部を、まだポケットに入れている。
《死亡パターン案》――それを読むたびに、背中が冷たくなる。
でももう、オレは恐れてない。
恐怖の先にあるのは、いつだって行動だ。
そのときだった。
スマホが勝手に光った。
今度は通知ではなかった。カメラでも通話でもない。
液晶に、ふわりと白いウィンドウが浮かび上がる。
「お前は、予定にない動きをした」
「…………っ」
動悸が止まらなかった。
文字は、入力されるように一文字ずつ打ち込まれていく。誰が? どこから? そんなの、わからない。
でも、わかっていた。
これは、“作者”からのメッセージだ。
誰かが見ている。ずっと、オレの行動を。
ヒーローたちの妨害すら計算し、再改稿するほどの存在。
そいつが、オレの“物語にない選択”に、ついに気づいた。
スマホの画面が、さらに変化する。
黒背景に白い文字。今度はもっと明確な、**“命令”**だった。
「元のプロットに戻れ」
なんだよ、それ。プロットって、何なんだよ。
人生は、脚本じゃねぇぞ。
「嫌だって言ったら、どうすんだよ……」
その瞬間、周囲の空気が変わった。
駅前の人々が、一斉にオレの方を向いて止まった。
会話を止めた親子、立ち話していたサラリーマン、スマホをいじっていた女子高生――
全員が、一斉に、無表情で、オレを“見ている”。
「……マジでやべえ、なんだこれ……」
空気が、凍りついたように動かない。
風も止まった。音も消えた。
これは“演出”だ。物語の外から強制的に挿入された、警告イベント。
いま、この瞬間だけ、世界が止められてる。
スマホの文字列が再び動き始める。
「お前の反逆は、許可されていない」
「これ以上進めば、物語が崩壊する」
「選択をやめろ」
「……だとしても、やめる理由にはならねえよ」
オレはスマホを睨み返した。
そして、はっきりと答える。
「俺は、書かれた通りに生きるつもりはねえ。物語ごと、ぶっ壊してやるよ。」
言った瞬間、スマホの画面が白くフラッシュし、爆音のようなノイズが鳴り響いた。
耳を押さえる間もなく、目の前の景色が歪む。
……これは、“再構成”。
作者が怒った。
オレの一言で、物語そのものに“衝撃”が走っている。
だが次の瞬間、ふいに視界が開けた。
風が戻った。音が戻った。
人々は再び動き始め、まるで何事もなかったかのように、世界は再生された。
だけど――オレは見た。
駅前のデジタルサイネージ。その広告スペースに、一瞬だけ浮かび上がった文字列を。
《第10章:再構成開始。ヒーローの裏切り》
「……は?」
ヒーローの、裏切り?
誰かが、味方じゃなくなるってことか? 誰かが“作者側”に堕ちる?
頭の中で、警鐘が鳴り響く。
オレの反撃が始まった代償として、作者は次のシナリオに“仲間の裏切り”を仕込んできた。
誰だ? 誰が裏切る?
403号か? 他の誰か? それとも、オレ自身が――?
戦いは、次の段階に入った。
これは、物語の“枠”を壊す戦いだ。
そしてその中で、誰が本当の敵で、誰が本当の味方なのか。
オレはまだ、何一つ知らない――。
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