動物愛護施設代表の俺、人間嫌いの神獣たちからドロドロに愛される 〜地位の低い非戦闘系天職だったのに、なぜか『破滅の使徒』なんて物騒な職が生えてきた〜
クー(宮出礼助)
第1話 家族の正体
王都の外縁部……城壁にほど近い場所に、広い庭を持つ施設が建っている。
それほど治安が良くない場所だが、だからこそ土地が安く、しばらく冒険者を続けて得た報酬で構えることができた。
――この、動物愛護施設『希望の庭』を。
今日も俺は、この施設唯一の職員として、朝から動物たちの世話に大忙しだ。今もそう、広い庭に動物たちを連れてきて、順番に身体を洗ってやっている。
大人しく待つ何匹もの子たちを後ろに、しゃがんで目の前の大きな灰色の犬――ルウを洗ってやる。石鹸を泡立ててモフモフの毛を綺麗にし、かめに貯めた水を柄杓で掬ってはかける。
これをたくさんの子たちにやるのは結構な重労働だけど……。
でも、俺はその手を惜しむようなことはない。この子達が基本的に人から酷い目にあってここにいるから、今は何も心配しなくていいよう、心を込めて大切に面倒を見る。
ちょっと過保護すぎたからか、ずーっと俺にべったりな子たちも多いけど……。今もまた、ルウがびしょ濡れの身体を高速で振るい、俺の腹に頭をぐりぐり突っ込んでくる。
あーもう。俺までビショビショだよ。
けど……。俺は胸の中のルウや、後ろでお利口に、けれど待ち遠しそうにじっとしている子たちを見て、温かな気持ちになる。
確かにこんなたくさんの子を俺一人で世話するのは、時間もお金も、ぜんぜん足りていないけれど。
それでも、それだけ頑張る価値のある、やりがいのある仕事なんだ。――きっと俺が、これまで不幸な目にあってきたこの子たちを、うんと幸せに……。
……そう、しみじみと思いながら。
ルウに微笑みを向け、お風呂を再開しようとした時だった。
「グルルルゥ……」
「……どうした? ルウ」
下から、ルウの唸り声が聞こえる。ほとんどこんなことをしない良い子なのに……。
何か気に障ることをしてしまったかと、そう思った直後。ルウは俺の腕を抜け出し、すっと前に一歩踏み出す。
その先には。
――うん……? 来客か?
庭の先、この施設の敷地に入る門から。ひとりの男が、のしのしと歩いてくる。
特に誰かがくる予定はなかったはずだが、もしかするとうちの子を引き取りたいという客かもしれない。もちろんその場合は厳しい審査を経てのことになるが、それでもこの子たちの幸せにつながるかもしれない、大事なお客様だ。
俺は立ちあがると、その男のもとに向かうべく足を動かそうとした……のだが。
「わおん!」
本当に珍しいことに。いつもは滅多に鳴かないルウが、通せんぼするように立ちふさがると、俺に向かって吠えたのだ。
どうしたのかと、本格的に疑問に思っていると、その間にも男はこちらに近づいてくる。そして、次第にその異様さに気が付く。
男は、王都の外縁部でもめったにないほど、身なりが汚れていた。もうずっと洗っていないような、酷い汚れがついた服。靴もぼろぼろで、穴まで開いている。
そして何より。
――帯剣してる……。
男のぎらつく目に、俺の背筋を冷や汗が伝う。俺だって非戦闘系天職といえど、冒険者で稼いだ男だ。大して強くはないが、武器さえ手元にあれば……。
俺は男と違って寂しい腰元を一瞬見て、けれど。
「お前ら、ここで大人しく待ってるんだぞ。俺がいいって言うまで」
背後の子たちに声をかけ、やっぱり男に向かって足を踏み出す。ルウは相変わらず吠えながら、しきりに俺を引き留めようとズボンの裾を噛んでくるが、足を止めることはない。
「ルウ。お前も、あっちで待ってては……くれそうにないな」
意地でも俺から離れないとばかりに、尻尾を足に巻き付け突進する勢いのルウ。仕方がないから諦めて、ルウと一緒に男へ向かう。
もし何かあれば、絶対にルウは守ると決意しながら。
そして、互いに歩み寄る俺と男。その距離が、やがてあと数歩というところまで来て。
俺は口を開いた。
「あの。動物の引き取り希望のお客様でしょうか? もしそうなら、ここでなく中でお話しさせていただきま――」
その時。俺が最後まで言葉を発することはなかった。
なぜならば、目前の男はにやりと汚い笑みを浮かべると――腰に手をやり剣を抜き、俺に向かって振りかぶってきたからだ。
――悪い予感が、当たっちまった……!
まさか本当に。こんな貧乏施設を襲ったところで、大した金もないってのに。
声に出さず悪態をつくが、ここまでくればできることはもうあまりない。俺はせめてルウだけは傷つけないよう、覆いかぶさって守ろうとしたのが……。
――え……ルウ?
結局。
俺が施設に立ち行ってきた男に傷つけられることはなかった。男はたしかに剣を抜いていたが、しかしその凶刃が俺やルウに届くことはない。
なぜならば。
「――ご主人、わたしが守る。こんなやつ氷漬けでいい」
いま俺の前には。
全身が氷に覆われ、まるで氷像のように固まってしまった男がいる。そいつは俺を襲おうとした格好のままで、生きているのか死んでいるのかも分からない。
確かに、誰も傷つかなくて良かったけど……。
そんなことより――
「ね、ご主人。……黙っててごめんね。でも、敵倒した。……褒めて」
耳を立て、尻尾を振って。
俺におずおずと寄ってくるのは――――ひとりの少女。
灰色の髪に、犬のような耳と尻尾。
まるで仮装しているような格好の少女だが……その、少し不安げな表情は、俺にとってはとても馴染み深いもの。
俺はその突飛な考えが、しかし嘘とも思えず。
氷漬けの男と、犬耳少女――わけの分からない状況に混乱するまま、驚きの声を発した。
「――も、もしかして……。お前…………ルウか!」
少女は嬉しそうに、頬を赤くして。切れ長の目を細め、にこりと笑った。
「わおん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます