別紙11
確かにうちによく相談は来ますよ、子どもの異常行動の話。うん、うん。あぁ▼さんから聞いたのね。あの人、お酒はいるとよく喋るでしょ。え、しらふ。あら、相当溜まっていたのね。うふふふふふ。
そうね、うちは中学だからあまりがっつり保健室に来る子っていうのは少ないって言うか、二極化するのよ。保健室登校の子と、そうじゃない子。保健室登校の子は数が少ないからあまり取り沙汰されないけど、やっぱり、親御さん達が相談に来るわ。特に、うちの生徒の弟妹の話ね。まだ小学校だったり、小さいと幼稚園児だったりするのだけれど。そういう子が、どうしてか危ないことばかりするようになったって。でも、子どもって基本的に、死にに行く生き物じゃない。うちの子も動いた電車に触ってみたいって言って駅のホームから飛び出して、線路に入ろうとしたことがあったもの。ハーネスを付けてなかったらどうなってたことか。そういう感じよ、子どもって。だから、まあ仕方が無いんじゃないですか、とか、危ないことをしすぎないように、見守りましょうって言うしかないわけ。
まあ見守りって言っても難しいのだけどね。貴方だって、それはわかるでしょう。三年生の時に介護実習ってするじゃない、中学教免取るなら。そう。あぁ貴方支援学校には行ってるのね。そのときも思ったでしょ、これだけ先生がいてもやっぱり難しいって。親御さん達だって仕事をしているのだから、ずっと見守るって言うのもね、難しいと思うわ。学校の先生となれば尚更ね。だって子ども三十人のクラスを一人の先生が管理するわけよ。零れてくる子どもも出て来るわ。うちの保健室に来る子もそういう子。まあ仕方が無いの。元々集団生活に向いていない子もいるし。貴方達流に言うと、個体差ってやつね。そういう子は仕方が無いから。校則も守れない子が多いし。だから、数は少ないのよ。減っていくものだし。隣町に引っ越しちゃう子とか、いるでしょう。そういうのだったら有り難いのよ、こっちも。勘違いしないでよ、私だって必要なことはやっているの。スクールカウンセラーだってちゃんとした心理士の人を雇ってるんだから。中々無いわよ。そんな待遇の学校。スクールカウンセラーは先生の相談も受けるし、保護者の相談も受けるから、結構大変だと思うわ。でもほら、かなり出来るヒトみたいだから。うん。あぁやっぱり柿本くんの大学にも行ってるって聞いたから。そう。うん。あー。うん。Yさんの親戚。Yさんって結構有名だから。私も色々聞いてるの。まあ保護者に説明するのにね。保護者の方も、たまに子ども達の方も、Yさんについて知ってたりするのよ。どうしても海沿いの集落では有名だったから、あの人の家。今は畑になってしまっているけれど。
そうそう、だからかしら。傘ジジイって呼ばれてるでしょう。Yさんのことよ。あの傘ジジイって言葉、七不思議になってるみたい。ほら、学校の怪談ってやつ。まあ、ああいうのって無い学校の方が多いらしいんだけどね。でも中学生くらいの頃ってああいう世界に憧れることもあるでしょう。だから、誰かが最近、七不思議を作っちゃったみたいで。そのうちの一つが、傘ジジイなのよ。傘を射して通学してる子どもの後ろに立って、声をかけてくるんだって。振り返ると傘で顔は見えないんだけど、学校の様子とか聞いてきて。それで、傘をずらして顔をみようとすると、風船みたいなパンパンに凹凸の無い顔があるんだって。何なんだろうね。でもそのせいで傘を持ち歩きたくないって子が出てきたことがあってね。職員会議したわよ。いやー。七不思議如きでって思うでしょ。これが以外と必要なことなのよ。中学生くらいの子達って、いろんなものに影響されるから。それに傘の校則は守らないとちょっと、ねえ。知ってるでしょ、最近あなた、色々調べてるみたいだし。だからどうにかしないといけなかったのよ。それで、傘をささなくても良いから、とりあえず持っていなさいってことになって。いやあれは大変だったわ。雨が降っても傘を差さない子が出てきたりして。それで、風邪ひいちゃう子とかもいたのよ。それで保護者からクレームが来たりしてね。いやもう。それくらいは自分でどうにかしてよって思ったけど、そういうの聞くのも私の仕事だからさ。
それで、いちいち説明して回ったのよ、Yさんの話。傘ジジイっていうのは多分Yさんのことで、昔実際にいた学校の先生でって。それで、海岸に昔傘だらけの家があって、そこに住んでたから傘ジジイなんて呼ばれてたんですって。七不思議の傘ジジイは、その傘ジジイっていう言葉を聞いただけの子どもが、何処かで話を捏造したんでしょうって。大体それで話もおさまったから良かったけど、大変だったわ。ラジオで特集組んだりするところもあったし。
それにあの七不思議って、結構、校則に反するものが多いのよね。本当に嫌になっちゃう。
へー、あー、永井さんね。永井さんの論文も読んだわよ。何となく理解は出来たけど、ちょっと恣意的じゃないかしら。
彼女の主張が正しいのなら、傘ジジイの七不思議は、傘というものに対してとか、傘の校則に対して恐怖とか不安を覚えてるってことよね。でも傘自体が怖いっていうのは、七不思議が出来てからじゃない。それに、校則のことを言うなら、不安感というよりも理不尽だっていう怒りでしょう。怒りと不安感が近しいところにあると言われたらそうかもしれないけど。でも、それだけで判断をつけるのは危ないと思うの。
だって、子ども達だって馬鹿じゃないわ。校則に意味を見出して、それを噂にするならわかるの。理不尽なことを合理化しようとするのは人間のよくやることよ。傘ジジイの怪談なんて、どう見たって校則が悪いって言いたがっているようにしか見えないでしょう。まるで頭から否定するために誰かが作ったみたい。
ね、貴方もそう思うでしょ。
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