別紙1 元教員インタビュー
本当に良いことでは無いのだけれど、必然だと思ったよ。うちのクラスの学級崩壊。
うん、そうだね。教員を辞めたきっかけはそれではないけど。どちらかと言えば、上司の方。うん。校長と学年主任がね、ちょっとやな奴でさ。うーん、柿本くんがどう考えるかは知らないけど、学校の先生としての仕事を放り投げたくなるような奴ではあったよ。うん、どちらかっていうと、そう。保護者側に立ってるタイプ。現場の僕らのことは構いやしない。教育委員会の言うことが絶対だと思っているタイプ。
柿本くんは学校の先生って何だと思う?
(水分を口に含む音)
君は中高理科だろ、免許。僕みたいな小学校の先生っていうのはさ、もっと色々勉強しなきゃならない。理科もそうだけど、国語に社会、算数……最近は英語とかプログラミングも教えなきゃならないわけ。すると、僕らも勉強する必要があるだろ。いや、研修だって受けるけど、学校の先生ってのは自主学習が重要だよ。会社勤めの【規制用語】共はよく、新卒から教員やってる奴は学校から出たことが無いから社会性がないなんて言うし、子どもの相手なんて誰でも出来るみたいな、専門性に特化しすぎていて、学び直しもしないみたいな、そんなようなことを言うだろう。いや実際は全くの逆で、ずっと勉強しなきゃならないし、定時で帰って寝られる会社員の方がずっと楽だろって。
(机の揺れ)
いや、悪い。飲み過ぎてる。うん、やっぱり日本酒は回るね。
そう、うちの学校の話だろう。校則の。うん、まあ、校則をね、守らせるのが仕事とか、そういうことを言う気は無いよ。わかるだろ、僕の性格。
校則ってのはね、それを通じて子ども達の安全と社会性を育むものじゃないといけない。だから、一方的じゃいけないのさ。
だというのに、この辺りの小学校ときたらなんだい。如何に校則を守らせるかに躍起になっている。あの、昔の、ほら、傘屋敷の。君、この辺りの出身だろう。知らないかい、傘だらけの家に住んでいたお爺さん。最近はもう見ないね。亡くなったと聞いたけど、確か、あの人なんだよ、ああいう校則を作ったの。
うーん、誰から聞いたかな。
(手を叩く音)
そうだ、生徒の保護者。お婆ちゃんだったな。父子家庭で、父方の祖母が保護者代わりに学校に来るなんてよくあるよ。
そのお婆ちゃんがね、元々学校に出入りしていた業者らしくて。うーん確か、主事さんだったりだとか、用務員さんだったとか。あぁ、学校の先生ではなかったようだよ。だからかね、子どもの側についた言葉が多い婆さんだったな。あぁ、死んでるよ。何、そういう話ばかり聞いて。
う。うーん。そうだな、傘屋敷の、その爺さん。教員だったらしい。この辺りの地域で働いていたそうだね。出身もここらで。あら、君と似ているね。
名前。うん。Yさんだったかな。いや、一回、墓参りに行ったことがあるんだよ。無縁仏に入ってらしたけどね。だから名前とか探すの大変で。
あ。うん。特にこう、大きな理由じゃないよ。
僕が初めて務めた学校で、校則を変えようって動きがあってさ。いや、それ自体は良くある話なんだ。君も前に言ってただろう。毎年のように校則を変えようって生徒だとか保護者だとかが動いて、それで結局、変えるんだけど、また元通りって様式美。僕のところでも同じような感じでさ、校則の(数秒の沈黙)なんだっけ、あれ。そうだ、服装のやつ。背中開いた服駄目ってやつさ。あれ、まああれくらいなら東京の学校とかでもあったりするんだ。扇情的であるとかなんとかで。ポニーテールが禁止の学校あったりするだろ。なんかそういうの。で、まあ、理不尽だ、とは思うわけよ。それが僕ら教員側もわかってる。わかってるんだけど、何度も生徒総会とか職員会議で議題に上がって、その度に無くなっては復活してを繰り返しているわけ。だから、まあ、そのときもその校則を廃止にしたんだよ。
それからだったかな、うちで歯が折れる子どもが増えたの。
うん、折れるんだよ。抜ける子もいた。
病気じゃないんだ。いや、勿論、病気の子もいたんだけど。基本的には、体育の事故。転けて顔面打撲する、机の角に上顎を打つける、鉄棒でひっくり返って顔を打撲。可哀想だったな。歯が折れて、差し歯になる子が増えてさ。それに、歯科検診で虫歯が見つかる子が増えてね。君も教職課程にいるのなら、知るところだろう。虫歯や口腔内の傷や病気は、虐待やネグレクトの可能性を秘めてるって話。だから僕らも仕事が増えてね。放課後、子ども達の親御さんのところに顔を出してみたりしたんだ。まあ、基本的には杞憂ばかりだったけどね。
うん、まあ、そうだよ。それが理由だ。校則が無くなってから、理由も様々だが子どもの歯が無くなる。すると、教員の対応事項も増えていく。
最初は理由はわからなかった。だが、どうも校則を廃止した頃から増えているって、校長が言い出してね。だから、校長の権限で校則を元に戻したワケ。
すると、歯が折れる子が減っていって。うん、だからもうしょうがないか、って。そんなわけで、未だに廃止出来てない校則があるわけ。
でもほら、なんというかなあ。子ども達も今はインターネットとかで色々、東京の子どもとか若い人と交流するわけじゃない。僕みたいに、東京から就職する人も増えてるわけだし。だもんで、やっぱり子ども達からも不満が出るワケよ。それで、うん、そう。親の方も、何というかセンシンテキな人が増えてるわけで。そういうのから吹き込まれるんだろうね、不満があるなら先生に言えって。
だから子ども達から何回も聞かれたよ。あの校則は何故あるのか、何故こんなこと守らなきゃならないのか、とか。
知らねえよそんなもん。とは言えないじゃないか。仕方が無しに、それっぽい理由を言うわけ。
でも、ほら、別のクラスとか学年の先生達も色々聞かれているわけだろう。すると、あの先生が言っていたことと違うじゃないか、とか言うわけ。
じゃあ、口裏を合わせようってなって、職員会議でそれっぽい嘘の理由を考えて。
うん、ほら、な。馬鹿らしくなっただろ。
これが教員辞めた理由の一つ。
うん、他にもあるよ、理由はさ。
去年、海岸で遠足のバスがひっくり返って、子ども達が怪我して、引率の教員が死んだ事故があっただろ。
あれ、うちの学校のバスだったんだ。ニュースで、ほら、他の教員は何やってたんだとか、色々言われただろ。
馬鹿らしくなっちゃって。
校則一つで歯が折れたんだから、二つ三つだったら、ヒト死に出るくらい、気付くだろうに。
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