ノックスさんは笑う

中の人(カクヨムのすがた)

さぁ、推理の始まりです!

探偵「……というわけで、推理はここまでです」


探偵「祖父の名にかけて、真実は一つ、陳さん!あなたが犯人です」





絶海の孤島、連続密室殺人事件のクライマックス、探偵は陳さんを指差し勝ち誇ったように事件の解決を宣言する。だが、私は、いや、この場にいる探偵以外の全員が嫌な予感を抱いていた。





陳「くくく、そうはいかないアルね」


陳「タンテーさん、アナタ、”ノックスの十戒”、知らないアルね?」


探偵「!?」





皆が「あちゃー」と天を仰ぐ、この探偵さんは素人だ、よしんば素人じゃなかったとしても経験が浅い、もしくは海外の方だ。陳さんを犯人扱いすることはこの場ではできないんだ。間違いなく探偵さんの落ち度だ。





陳「教えてあげましょう、”ノックスの十戒”とは」


陳さんは探偵に噛んで含める様に説明する。





ノックスの十戒、この大犯罪国家、キンダー・イチコナン共和国でこの戒めを知らない者はいない、おそらくこの探偵は日本人だ、この国の掟に明るくないのは分かる、それゆえ、それゆえにやってしまった大ポカであろう。





私も正確なところは覚えていないが、概ねこんな感じだったと覚えている。


【ノックスの十戒】


1)犯人は概ね序盤から登場していなければいけない

2)探偵が超能力を使って捜査してはいけない

3)犯行現場に脈絡も無く抜け道があってはならない

4)未知の毒物や超科学を犯行に用いてはならない


5)登場人物に「」がいてはいけない


6)探偵が偶然や山勘で事件を解決してはいけない

7)探偵自身が犯人であってはならない

8)探偵は誰も見ていない証拠をいきなり出して解決してはいけない

9)探偵の相棒は思考が筒抜けで探偵よりおバカさんでないといけない

10)双子や一人二役は明らかでなければいけない


そう、陳さんはなのだ。





探偵「ななな、なにを言うんですかっ!!!!」


探偵は顔を真っ赤にして反論する。


探偵「そんな人種差別があってたまりますか!!!」


探偵「わわわ私だって”ノックスの十戒”くらいは知ってますっ!!!」





探偵はまくしたてる。


探偵「第五条の”中国人”って言うのは誤読にも程があります!!!」


探偵「言うなれば””っていう意味合いです!」


探偵「当時は”チートキャラ”って呼び方がなかっただけで!!!」


探偵「21世紀ですよ!こんな差別的な読解する方がどうかしてます!!!」





陳さんは臆することなく答える。


陳「そしてこれね」


探偵「な、何を!?」





陳さんは謎の小瓶を2つ取り出す。こんなもの今まで見たことなかった!


陳「これは先祖伝来の秘薬、”スグシーヌ”と”アタマサエール”ね」


陳「まず”スグシーヌ”、これは証拠が一切残らない毒薬ね」


陳「そして”アタマサエール”、これ飲むとが冴え渡るね」


探偵「ま、まさか!!!」


陳「事件の初日、あなたの朝食に混ぜたね ”アタマサエール”を!!!」





陳「駄目押しで言うアル」


陳「私は初日、”キョクドニウンガワルクナール”も飲んでいたね!」


探偵「ぐわあああっ!」





2)探偵が超能力を使って捜査してはいけない

4)未知の毒物や超科学を犯行に用いてはならない

6)探偵が偶然や山勘で事件を解決してはいけない

8)探偵は誰も見ていない証拠をいきなり出して解決してはいけない





確かに思い返すと、事件の捜査中、巨石の下敷きになっていた証拠品。あれ、探偵が巨石をひょいっと念動力サイコキネシスで浮かせて拾っていた。多分探偵さんはあまりに無意識にやってしまっていたので覚えていないと思う。


そして探偵さんの推理の根拠には、たまたま偶然犯行現場の近くを通りかかったショー・ニンさんの証言もあった、そもそもあの時あそこにショーさんが行く理由は無かった、全くの偶然だった。犯人運悪いなーって思ってた。





まさか先祖伝来の秘薬の効果だったとは!!!!!





探偵「だ、だが、きちんと鑑識にこれらの毒薬を回せば」


半死半生の探偵が陳さんを指差し、あがきながらも強がる。


陳「ふふふ、まだ俺のバトルフェイズは終了してないアルね」


探偵「!?」


陳「思い出すアルね、この一週間閉ざされた孤島……」


陳「私がどうやって登場したかを!!!」


全員「!!!!!」





3)犯行現場に脈絡も無く抜け道があってはならない





そう、陳さんは探偵さんが推理を披露する1時間くらい前、突然犯行現場にあった謎の隠し通路からひょいっと出てきたのだ。なんとこの隠し通路、本土までの海底トンネルになっていたらしい。話……根底から覆ってません?





探偵はもはや泣き顔になっていた、あ~あ、陳さんが悪いんだ~。


探偵「い、いや、だって……第三の犯行当時、陳さん食堂にいたもん!」





陳さん?「呼んだアルか?」





陳さんが出てきた、いや、正確に言うと「もう一人の陳さん」が向こうから突然出てきた。全員が驚く、陳さんってもう一人いたんだ!


陳さん2号「いやー、遅刻したアルね、タンテーさん、ごめんアルね」


陳さん2号「ワタシ、ずーっと裏で殺害に暗躍してた陳さん2号アルね」


陳さん2号「陳さんそっくりの、陳さんの双子の弟アルね」


陳さん2号「皆に会うのは今がハジメテね、皆さん、ヨロシクね」





1)犯人は概ね序盤から登場していなければいけない

10)双子や一人二役は明らかでなければいけない





探偵がふと笑いだす、全員が何事かと探偵の方を見る、開き直ったか!?





探偵「くくく……」


探偵「あーーーーはっはっはっはっは」


探偵「見事です、見事ですよ」





あのー、それ普通犯人が言うセリフ。





探偵「確かに陳さん」


探偵「あなたはノックス十戒のうち、八つまでを看破してのけた」


探偵「だがしかし!」


探偵は陳さんをビシィっと指差す


探偵「ノックス十戒の残り二つ、それは”探偵”に関する掟!!!」


探偵「犯人である陳さんには”探偵”である私を操作することはできない!」





……あれ? 初日に”アタマサエール”盛られてなかったっけ?


探偵以外全員が脳内で総ツッコミになったが、皆にも武士の情けがあった。


と、その時スマホの着信音が鳴る。誰だろう。





探偵のスマホだった、嫌々ながら電話に出る探偵。





探偵「あー、小森くん? いま忙しいんだけど……」





どうやら助手の小森くんからの電話らしい、スピーカーホンでもないのに声が漏れてくる、小森くんよほど声がでかいらしい。





小森「先生! あの孤島には行くなって言ってたでしょ」


小森「言いましたよね! 事前に」


小森「いずれ陳さんが双子の相棒と秘薬、隠し通路で犯行に及ぶって!」





9)探偵の相棒は思考が筒抜けで探偵よりおバカさんでないといけない





賢かったー!


小森くん、探偵より賢かったー!! しかも思考が読めない!!!





ダメだ!


このままだと探偵がノックスの十戒に負けてしまう!!


負けちゃダメなんだ!!!


負けたら……





……だが、遅かった。





力なくスマホを切り、探偵が一人ごちる。





探偵「そうだ……私の負けだ……」


いけない!これ以上は!いけない!!!!





探偵「犯人なんていない……」


陳さんの姿が薄れる……





探偵「陳さん2号なんていない……」


陳さん2号の姿が薄れる……





探偵「だれも……みんな……いないんだ……」


私も、ショーさんも、だれもかれも……うす……れ……て……





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る