第12話 瑠沙の里 6
「……はい、ではエレナ様のご希望に可能な限り沿うようにいたします。しかし、私の本来の業務である東京駐在所も、これまでよりも業務が増えるということもご考慮頂ければと思います。それに関しては、私の方からも人員の増員などの要望を駐在事務所と瑠沙家の方に出しまして、早急に対処いたします。
それと、リナ・バレル女官長殿には、明後日のご入居の際の打ち合わせと、警護のスケジュールの打ち合わせなどを行いたいので、お時間を頂きたいのですがいかがでしょうか?」
瑛美の問いかけにリナは、そのぴしりと伸びた姿勢を僅かも崩すことなく答えた。
「わたくしの事もリナで構いませんよエイミーさん。打ち合わせの時間ですが、そちらはこれから瑠沙本家との面談が有りますでしょうから、それが終わってから、わたくしに連絡頂ければ。わたくしのアドレスとナンバーを送りますので端末の接続許可をお願いします」
瑛美の内蔵端末にリナからの接続許可申請が来た。許可をして回線を開くと、リナの内蔵端末の個人アドレスとスマホのメールアドレスとナンバー、さらにSNSのアプリのアドレスも送られて来た。
瑛美は試しに、送られて来たアドレスのSNSアプリをインストールし、招待されたグループアドレスに『有難うございます、確認しました』とメッセージを送った。
すると、リナとエレナ王女の持つスマホが鳴り出し、二人は訝しんだ顔をしてスマホを取り出すと、メッセージの着信を見てアプリを起動し驚愕の表情を見せた。
「驚きました。いま、アドレスを送ったところなのに……。これが現役軍人の情報処理速度ですか……」
リナは驚いた顔のまま瑛美に言った。エレナ王女はポカンとした顔で瑛美を見つめていた。
「まあ、文書のやり取り程度ならこれくらいは普通だと思って下さって結構です。電子・情報戦技官などはもっと凄まじいことをしてのけますよ」
瑛美は、前線や紛争地での目に見えぬ情報戦の凄まじさを思い出しながら二人に答えた。
「エイミーさんは、そろそろ本家邸の方に向かわれなくてはいけない時間かと思います。
姫様からは何かございますか?」
リナは時計で時間を確認すると、エレナ王女に聞いた。
「もう少しエイミーとお話していたいんだけど……」
「午後にまた来てもらえますから、少し辛抱していてくださいね。
では、エイミーさん、午後の打ち合わせの方もよろしくお願いします」
リナは瑛美に丁寧に頭を下げた。
「エレナ様とリナさんには、お時間を頂き有難うございました。また、後ほど伺いますのでよろしくお願いします」
瑛美はソファーから立ち上がると、エレナ姫とリナに頭を下げた。
「それでは失礼いたします」
「待っていますね、エイミー」
「連絡をお待ちしています、エイミーさん」
瑛美は出口は向かうと、出口横に先ほど案内してくれたメイドが控えており、ドアを開けて送り出してくれた。
瑛美は、ドアを開けてくれたメイドに会釈をして部屋を出ると、ソファで待機していた瑠沙中尉に声をかけた。
「中尉、待たせて済まなかったね、ご本家に向かおうか」
「はい、了解いたしました」
瑠沙中尉は、ドアが開くと同時に立ち上がり、瑛美の声掛けに返事をした。そして、自らエレベーターホールへと続く通路のドアを開けると、瑛美を送り出し「失礼します」とドアを閉めた。
「午後から、もう一度こちらで明後日の移転の打ち合わせをする事になった。その時は中尉にも同席してもらう」
エレベーターホールへと向かいながら、瑛美は中尉へと言った。
「はい、分かりました。ここから本家邸へは、また少々距離が有りますので覚悟なさってください」
中尉はエレベーターホールに着くとエレベーターのボタンを押した。ドアが開くと二人で乗り込み、数秒の降下の後、再び本家邸業務管理棟へと入った。
エレベーターを降り、長く続く通路を歩きながら瑛美は中尉に言った。
「この複雑な通路は、わざとこのようにしてるんじゃないだろうか? セキュリティーの面からもね。恐らく、ワープゲートの件も却下されるだろうなぁ」
「考えてみましたら、王女殿下が東京に移られましたら、王家別邸もしばらくは空きますので、ワープゲートは却下されるかもしれません。申請は見送った方が良いかも知れませんね」
中尉は瑛美に答える。
中尉の先導で、一度通ってきた通路を再び十分ほどかけて戻ると、今度は建物の北側へと歩みを進める。そして突き当たると今度は西側へと進んで行った、しばらく歩くと突き当り、そこにはエレベーターのドアがあった。
中尉はポケットからセキュリティーカードを出すと、それをエレベーターのボタン上部にある接触端末に当てた。すると、ボタンの電源が入り点灯する。ドアの小窓からは箱内の電灯が点いたのが見えた。
ドアが開き箱内に入ると、入った正面にもドアが有り、中尉はそちら側のドアのボタン上部にある端末にカードを当てる。こちらのボタンも電源が入り点灯した。上を向いた矢印ボタンを押すと、背部のドアが閉まり上へと移動し始めた。
「このエレベーターは、ご本家の内邸直通になっていて、限られた人間にしか使用できません。本家邸への用のある方たちの一般利用エレベーターは、もう一つ下の階のエレベーターを使ってもらい、正面玄関前に出るようになっています」
中尉が瑛美にこのエレベーターの説明をしていると、エレベーターは止まりドアが開いた。
ドアの先には、当主夫人と次女の麻里絵が出迎えてくれていた。
「ようこそおいでくださいました、クリス少佐。日本の食事はお久しぶりと聞きました。ぜひ、日本食を、いえ秋田の食事を楽しんでください」
エレベーターを降りると目の前には日本庭園と、その中程には池が広がっている。池の周囲に植えられた樹木には、繩巻や雪つりなどの保護処理がされている。しかし、その景観は今は雪に覆われ隠されているが、これもまた美しいものだと、瑛美には思えた。
エレベーターを降りて見えた本家邸は、中庭を中心に口の字型に建てられた日本家屋であった。しかし、いま歩いている廊下は日本家屋によく見られる板張りの廊下ではなく、足元にはカーペットが敷かれ、中庭に面した部分は二重ガラスに覆われて、外気からは遮断されている。恐らく外部からの来客の為に靴を脱ぐことなく、外履きのまま来邸出来るように配慮されているのだろう。
当主夫人と麻里絵の二人に先導され、中庭に面した廊下を進んで行く。
しばらく中庭に面して歩いていくと、右手に中庭に面した壁面が一枚ガラスの腰窓になった部屋の前に着いた。
「クリス少佐はこちらにどうぞ。健人さんはごくろうさまでした。少佐の御用事が終わる頃合いでご連絡を差し上げますので、お迎えをお願いいたします」
当主夫人は、瑛美と中尉に言うと瑛美をその部屋へと誘った。
中尉は瑛美に敬礼をすると、踵を返し廊下を戻って行った。
その部屋は瑠沙家の身内用の会食場のようで、十人が座って食事ができるクロスの掛けられた長テーブルが置かれ、クラシカルな調度品でまとめられていた。それは、貴族の貴賓室の作りと言うよりも、日本家屋に西洋家具が入り始めた頃の様な、明治や大正時代思わせる少しちぐはぐさが感じられ、しかしそれが一つの趣とさえ感じさせる作りであった。
少し来る時間が早かったのか、テーブルの席にはまだ誰も着いては居なかった。
瑛美はテーブルの右最奥の席に案内されると、脇に控えていた黒のタイトスーツにリボンタイをした給仕係と思しき女性に椅子を引かれ席に着いた。
そこで、瑛美は大事なことを忘れていたことを思い出し当主夫人を呼び止めた。
「奥様、少々よろしいでしょうか。大切なものをお渡しするのを忘れていました」
「はい、何でしょう?」
夫人は瑛美の正面の席に付こうとしていた所だったが、座らずに瑛美の横に来て立った。
瑛美は椅子から立ち上がると、腹の前に
「これは、私がここに来る前に勤務していた基地のある、メルファローズ伯領産のお土産です。良かったらお納めください」
「メルファローズ産の物で言ったら
入り口から掛けられた言葉にそちらを見ると、身長は百五十センチくらいだろう小柄で、ややウェーブがかった腰まである明るい金髪を後ろでひとくくりにした、二十歳くらいの女性がテーブルに向かって歩いてきた。
「おはようございます、鷹乃さま。会食に来られるなんて珍しいですね」
当主夫人は、先代当主の姉である瑠沙鷹乃の来訪に驚き声を掛けた。
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