第28話 女商人と魔道具との出会い
双子の妹たちの運命を分かつ洗礼の儀から数週間後、ルーア男爵家には、遠方からお抱えの女商人が訪れた。彼女は、ルーア家だけでなく各地の有力貴族を顧客に持つ、情報と珍しい品々の運び屋でもあった。この世界の商業を牛耳るのは、もちろん魔力を持つ女性たちだ。ファルクは、彼女の訪問が、自身の「世界の変革」という目標に新たな知識をもたらす機会となることを予感していた。
女商人の名はエレノア。彼女の心の声は、したたかな商才と各地を渡り歩いて得た膨大な情報を秘めていた。彼女は、アザレアやルーアの前に、珍しい品々を次々と並べた。異国の香辛料、遠い東の国の絹織物、そして煌びやかな宝飾品。しかし、ファルクの興味は、それらの品々よりも、エレノアの心の声から読み取れる「情報」にあった。
ファルクは、マーカスから教わった紳士の作法でエレノアのそばに控え、彼女の会話に耳を傾けた。そして、彼女の心の声の奥底から、諸国の情勢を読み取っていった。
「北の辺境では、魔物の活動が活発化しており、領主の魔女は疲弊している…」
「南の商業都市では、新たな魔導技術が開発され、一部の魔女たちが富を独占している…」
「とある小国では、魔力が弱い魔女たちが結託し有力貴族に対抗しようとする動きがあるが、成功は難しいだろう…」
ファルクは、彼女の心の声からこの世界のどこかで魔女たちが勢力争いを繰り広げ、あるいは魔力以外の要素で社会が動こうとしている兆候を読み取った。特に、魔力の弱い魔女たちの動きはリリアナの未来と重なり、ファルクの心に深く刻まれた。
「あのヴィクトリア公爵夫人は、最近、夫を失ったが、その裏には複雑な事情があるらしい…」(エレノアの心の声)
「とある名門の当主は、娘を失い、後継者選びに難航している…」(エレノアの心の声)
ファルクは、エレノアの心の声から、貴族社会の表面的な華やかさの裏に隠された不祥事、権力闘争、そして個人の不幸といった生々しい情報も得ていた。これらの情報は、ファルクが既に集めていた貴族の家系や性癖に関する情報と結びつき、彼の頭の中でこの世界の複雑な人間関係の地図が、より鮮明に描かれていく。
エレノアが紹介する品々の中には、「魔道具」と呼ばれるものもあった。それは、魔力を込めることで様々な効果を発揮する道具で、生活を便利にするものから、戦闘に用いられるものまで多岐にわたる。エレノアは、アザレアやルーアに、最新の魔道具を熱心に説明した。
ファルクは、魔道具に強い興味を抱いた。もし、魔力を持たない男でも使える魔道具があれば、それは「世界の変革」にとって強力な武器となるはずだ。彼は、エレノアの心の声から、魔道具の仕組みについて詳しく探った。
しかし、彼の期待は打ち砕かれた。エレノアの心の声は、魔道具の仕組みについて説明する中で、「魔道具を使用するには、どれだけ弱くても必ず魔力が必要である」という明確な認識を示していたのだ。魔力を一切持たない男性には、魔道具を動かすことさえ不可能だという事実をファルクは知る。
「くっ…やはり、魔力か…」
ファルクの心に、一瞬の失望がよぎる。魔道具という新たな可能性が、魔力という絶対的な壁によって阻まれたのだ。
しかし、ファルクはすぐに気持ちを切り替えた。この世界の「魔力」という壁は、想像以上に高く強固である。だが、だからこそ、それを乗り越える意味があるのだと。
彼は、魔道具の存在を知ったことで、魔力以外の「力」の重要性を改めて認識した。魔道具は、魔力を持つ者が使うための道具だ。ならば、魔力を持たない自分は、その魔道具を遥かに凌駕する「人間本来の力」、すなわち知恵、技術、そして人々の心を動かす能力を磨き上げるしかない。
ファルクは、エレノアからもたらされた諸国の情報を分析し魔道具という新たな知識を得たことで、自身の「世界の変革」という目標に向けたより具体的な戦略を練り始めた。彼は、魔力という絶対的な力を前にしても、決して諦めない。むしろ、その困難さが、ファルクの闘志にさらなる火をつけた。
お抱えの女商人エレノアの滞在中、ファルクは彼女に積極的に接近し、ありとあらゆる魔道具を見せてもらうことに心血を注いだ。彼の「心の声を読む能力」は、エレノアの頭の中にある膨大な魔道具の知識、そしてそれぞれの機能や製法に関する情報を貪欲に吸収していった。魔力がなくても使える可能性は低いと知りながらも、ファルクは魔道具の仕組みを深く理解しようと努めた。それは、いつかこの世界の「魔力」という壁を打ち破るための、重要な布石となるかもしれないという直感があったからだ。
エレノアは、幼いファルクの並々ならぬ好奇心に少し驚きながらも、彼の問いかけに丁寧に答えた。彼女の心の声は、「この坊やは、男児にしては珍しく、知的好奇心が強いな…将来、何かの役に立つかもしれない」と、ファルクに投資する価値を見出しているようだった。ファルクは、エレノアから様々な魔道具を見せてもらった。
* 生活用魔道具
《恒温の蝋燭(こうおんのろうそく)》: 一度点火すれば、魔力を微量に消費し続けることで、常に一定の明るさと温度を保つ蝋燭。災害時にも重宝され、夜間の作業効率を飛躍的に高める。
《浄水の壺(じょうすいのつぼ)》: 汚れた水を注ぐだけで、内部の魔法陣が不純物を分解し、清らかな飲料水に変える壺。衛生管理が難しい場所で特に重宝される。
《収納の小箱(しゅうのうのこばこ)》: 内部に空間拡張の魔法が施されており、見た目よりも遥かに多くの物を収納できる。貴族や商人には必須のアイテム。ファルクは、この仕組みに特に興味を示し、エレノアの心の声からその理論を深く探った。
* 警備・防衛用魔道具
《警報の腕輪(けいほうのうでわ)》: 特定の結界や場所に侵入者があった際、装着者に警告音や振動で知らせる腕輪。屋敷の警備や、個人的な護身に用いられる。
《幻惑の煙玉(げんわくのけむりだま)》: 投げつけると、視覚を欺く幻の煙を発生させ、敵の動きを封じる。非殺傷ながら、撤退や攪乱に有効。
* 医療用魔道具
《治癒の粉薬(ちゆのこぐすり)》: 魔力が込められた薬草から作られ、軽度の傷や病に効果を発揮する。しかし、重症には対応できないため、やはり魔女の直接的な治癒魔法が不可欠である。ファルクは、この魔道具の治癒原理と、魔女の治癒魔法との違いに注目した。
* 情報伝達用魔道具
《音送りの石(おとおくりのいし)》: 対になった石同士で、遠く離れた場所の音声を送受信できる。貴族間の連絡や軍事的な情報伝達に用いられるが、一度に送れる情報量は限られている。
ファルクは、様々な魔道具を見せてもらう中で、単にその機能だけでなく、魔道具がこの世界の社会システムに深く組み込まれていることを理解した。魔道具の有無が、生活の質、安全保障、情報の速さに直結しており、それがそのまま魔力を持つ女性たちの支配力を強めているのだと。
彼は、エレノアの心の声から、魔道具の流通経路、市場価格、そして開発者の情報まで、ありとあらゆる側面を読み取った。特に、製造過程における魔力の介在の仕方に強い関心を持った。
「なぜ、これほど便利な道具があるのに、魔力を持たない者は使えないのか…」
ファルクの心の声は、その疑問で満ちていた。魔道具の製法を深く知れば知るほど、魔力が「エネルギー源」として不可欠であることが明らかになる。それは、彼の胸に重くのしかかる現実だった。
しかし、同時にファルクは、魔道具の「限界」も理解した。どれほど精巧な魔道具でも、魔女の直接的な魔法の力や、複雑な状況判断、感情の機微を読み取る能力には及ばない。特に、人々の心を動かすような「力」は、魔道具では決して生み出せない。
この魔道具との出会いは、ファルクに、「魔力」という絶対的な壁を再認識させた一方で、「魔力以外の力」の重要性をより深く確信させるものとなった。彼は、魔道具がもたらす「便利さ」や「力」を理解しつつも、自身の「心の声を読む能力」や、人間としての知性、体力、そして品格といった「魔道具では代替できない」真の価値を磨き上げることが、この世界を変える唯一の道であると改めて心に誓った。
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