エピソード5 祖母と孫と赤ワイン②
「ところで麗ちゃん? 今日、誰かと会った?」
「え? ん〜……昔のバイト先で飲んできたけど。 ……いつものメンバーよ? なんで?」
アガタはしばらく麗子の顔を見つめたあと、ワインを一口含み、ゆっくりと微笑んだ。
「そう……なんだかね、人じゃない“何か”の匂いがするのよ」
「……人じゃない?」
麗子は眉をひそめる。
「え? 何それ……他の魔女でも来てたってこと?でもうちの家系だけでしょ?日本にいるの。 まさか……吸血鬼とか言わないでよー?」
アガタは肩をすくめて笑う。
「バカね。吸血鬼なんて、お話の中だけよ」
「……じゃあ、なに?」
「うーん……なんて言ったらいいかしら。
ちょっと複雑な匂い……なんだか色んなものが混ざってるわね。でも……ひとつは濃いわ。」
ワインの香りを確かめるように鼻先を近づけ、アガタはふと呟いた。
「……例えば、宇宙人かしらね」
「……宇宙人!?」
麗子がグラスを置いて、素っ頓狂な声を上げる。
「そんなのいるわけないじゃない! おばあちゃん、大丈夫?」
アガタは笑って首を横に振る。
「魔女がいるんだから、宇宙人だっていたっておかしくないでしょ。 吸血鬼はいないけれども」
(……宇宙人て……おばあちゃん、ボケてきたのかな……)
麗子は眉間にシワを寄せ、呆れ顔でグラスを傾けた。
「——あら、失礼ね。ボケてなんかいませんよ」
「……はっ!? ちょっ、心読まないでよ! それはズルいって!」
麗子がグラスを持ち上げたまま、むっとした表情でアガタを睨む。
アガタは悪びれもせず、さらりと答える。
「だったら、心を遮断なさいな。せっかくヘビを外してあげたんだから」
「……あっ、そうか!」
麗子は自分の右手を見下ろし、小さく舌打ちした。
「しばらく抑えられてたから……忘れてたわ。 そうだよね、今、力戻ってんだもんね。……くそ、久々で感覚抜けてた」
そう言いながら、こめかみのあたりを軽くトントンと指で叩く。
アガタはくすくすと笑い、またワインをひと口。
「……でも、これで麗ちゃんも、気づけるんじゃない? その“宇宙人”に」
アガタが、グラスを揺らしながら微笑む。
「確かにね。でも、宇宙人はさすがにないんじゃない? ん〜……またどっかの魔女がこっちに来たとか?」
「それはないわね。その辺は、あの子たちがちゃんと把握してるはずだから。じゃなければ……突然変異で魔女が産まれたかしらね?」
「あの子たち」とは、アガタの娘とその夫——つまり、麗子の両親のことだ。
母親は、もちろん魔女。そして父親は、ただの人間。
けれど、魔女と知っていて結婚した、なかなかに変わった男だった。
いまや二人はアガタの命を受け、世界各地に散らばる魔女の血を追い、
その所在を秘密裏に把握・監視している。
「ママたちから連絡ないんじゃ、魔女が来たってわけでもないか…… てか、“突然変異”って! 科学なんだかファンタジーなんだか、どっちなのよ」
麗子が苦笑しながらグラスを揺らすと、アガタは首をかしげて言った。
「でも、あり得る話よ。 私たちの始まりだって、もしかしたら“突然変異”だったのかもしれないじゃない?」
——少し間をおいて、アガタはふふっと微笑んだ。
「それか、私たちこそが、宇宙人の子孫だったりしてね」
「やめてよもう。話がとっ散らかりすぎ」
麗子は肩をすくめたが、どこか楽しそうでもあった。
アガタはグラスを傾け、また一口、ワインを味わった。
——静かな笑い声だけが、暖炉の火とともに、夜の部屋に揺れていた。
その夜は、日が昇るまで、ふたりで語り明かした。
魔女は眠らず、酒にも酔わない。老いもまた、緩やかだ。
ふたりの本当の年齢がいくつか——
それはまた、別の機会に。
——終わり。
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