エピソード2 紳士の秘密②

閉店間際の店内。

カウンターには、すでにいつもの顔ぶれだけが残っていた。


田村はウーロンハイを飲みながら、駿太にしょうもない話を繰り広げている。

「お前さ〜小春ちゃん見習えよ~ 小春ちゃんのウーロンハイは最高だぞ~」

「いやいや、そんな事言わないでくださいよ~。 俺だって一生懸命やってんすから~」

「小春ちゃん、ラスト1杯! お~ねがい。」

「は~い。もう最後ですよ~。」


厨房では坂本が焼き台を片付けながら、「まーた言ってるよ」と笑っていた。


その奥で、小春がグラスに氷を入れながら、笑顔で言う。

「私、まだ2日目なんですから〜。俊太さんの方が、絶対ウーロンハイ上手ですよ〜」


「ほら聞いたか駿太、お前も精進しろよ〜」


田村が上機嫌にニヤけて、グラスを掲げる。もう会話が成り立っていない。


「小春、今日はこれで上がっていいぞ」

坂本が言いながらタオルで手を拭く。


「オッちゃんいつまでも帰らねーからな。賄い、食ってけ」


「はい!ありがとうございます!」


ほどなくして、厨房の隅に用意された賄いがテーブルに並んだ。


メインは、坂本特製の醤油ラーメン。

鶏ガラのスープに縮れ麺、焦がしネギの香りが湯気にのって立ち上る。


「わあ……すごーい!」


「おう。今日のラーメンは俺が本気で仕上げたからな。ほら、腹減ってんだろ」


「いただきまーす!」


小春が割り箸を割ってスープを啜ると、一気に顔がほころんだ。


「ん〜っ……やっぱり、坂本さんの味、落ち着きます……!」


「だろ? 飲んだあとにこれ出したら、客ももう一杯いけるってんだよ」


「いや、田村さん帰らなくなっちゃいますよ!」と駿太が笑っていた。


ふと、小春が口を開いた。


「さっきのお客様……帰り際、店長のこと『すごい料理人ですね』って言ってましたよ」


「え?」


「お客の気持ちを良く分かってらっしゃる。って。なんか……すごく真面目な声で言ってました」


坂本は一瞬、手を止めて、それからフンと鼻を鳴らした。


「……ふーん。そりゃまた、珍しい客だったな」


「おいおい、坂本照れてんぞ〜」

「うるせーよ! 酔っ払い!」


小春は笑いながら、再びスープを啜る。


その目には、湯気の奥に浮かぶ『紳士』の後ろ姿が映っていた。


(あの人、なんで『とびのや』に来たんだろう……)


焼き鳥と一品料理。

けれど、あの人にとってはきっと、何かの『意味』があったんじゃないか。


湯気がゆらめくたび、小春の胸に、またひとつ物語が芽吹いていく。



賄を食べ終えた小春は「ごちそうさまでしたー。じゃ、お疲れ様でーす!」と笑顔で丼を下げ、店の外へ出た。

夜風が頬を撫でる。時刻は0時を少し回ったところ。


『とびのや』から自宅までは、歩いて30分ほど。

駅前の通りを抜けて、商店街を横切り、住宅街をくねくねと進む。


誰とも話さず、静かに歩きながら、無数の『物語』を胸の中で膨らませていく時間。


今夜、小春の足が止まったのは、駅前の通りを少し外れた場所にある高級そうなマンションだった。


ひときわ背の高いビル。その最上階の一室にだけ、ぽつりと明かりが灯っている。


ほかの部屋はすでに暗く、まるでその明かりだけが夜空に浮かんでいるようだった。


(……こんな時間に、起きてる人がいるんだ)


その光は、どこか寂しげで、でもあたたかさも含んでいるように見えた。


(最上階かぁ……どんな人が住んでるんだろう)


若いエリート? ひとり暮らしのセレブ?それとも、孤独な老人?

あるいは——


小春の目が、静かに細められる。

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