第47話 完全崩壊の世界

「やった。なんとかなった」

『YES。時間もエネルギーもギリギリだったけど、なんとか倒せたね』

「うん。これで成仏、してくれたかな?」


 私は何とかやり切った。

 時間ギリギリだったけど間に合った。

 無事に霧の武士を解放すると、魂を浄化させたみたいだ。


 達成感がヤバい。

 疲れも尋常じゃない。

 すぐに変身を解きたいけれど、そんな私に金狐ちゃんと銀狐ちゃんが抱きつく。


「「お姉ちゃん」さん!」」

「うわぁっ、どうしたの、二人共?」


 突然抱きつかれたからビックリしちゃった。

 体がよろけるけれど、何とか耐えてみせる。

 二人をギュッと抱き寄せると、今度は珠狐さんが声を掛ける。


「ありがとうございました、結葉さん」


 私は珠狐さんの顔色を窺う。

 全身ボロボロで疲労困憊。

 九本の尻尾がシナシナになると、肩で呼吸をしていた。


「珠狐さん、無理しないでくださいね」

「はい。本当に無理は禁物ですね」


 分かってくれているならいいんだけど。

 でも、勝手に自分だけで解決しようとしないで欲しい。

 私達は凄く心配した。その想いで一杯だけど、無事で何よりだと思った。


「ですが武士の方は」

「魂が浄化されたんです」

「浄化ですか?」

「はい。恨みの炎は消えて、この世界から消滅しちゃった? みたいです」


 霧の武士は完全にこの世界から消滅した。

 恨みの炎さえ、最後は吹き消してしまった。

 それが凄いことみたいで、珠狐さんは驚いてしまう。


「そうですか……結葉さん、貴女は凄いですね」

「いや、そんなことないですよ」


 私は謙遜しちゃった。

 本当に大したことはしていない。

 だって、アレが一番必要だと思ったからしただけ。


「本当にありがとうございました、結葉さん」

「「ありがとう、お姉ちゃん!」ありがとうございました、お姉さん!」

「大丈夫だよ。でもこれでこの世界は平和に……」


 たくさん感謝されちゃった。何だか凄く嬉しい。

 私は今日も誰かの笑顔に貢献出来ている。

 それだけで満足で、命を張った甲斐があったよね?

 この世界の平和が保たれ、一件落着……でもない?


「いえ、それは難しいと思います」

「えっ?」

「崩壊が、間もなく訪れます」


 物騒で怖い言葉を口にした珠狐さん。

 妙な違和感と身震いが起こる。

 意味を理解しようとするけれど、そんな暇は無いらしい。


「結葉さん、急いで元の世界に戻ってください」

「えっ!?」


 突然のことに驚く私。

 確か明け方まで待つ予定だったけど、そうも言っていられない。

 切羽詰まった状況に追い込まれると、珠狐さんの目が力強い。


「どういう意味ですか?」

「そのままの意味です。武士の方がこの世界から消えました。かなめの柱が一つ消失した。それはつまり……」


 この世界は珠狐さんが居るから成り立っていた。

 それは当たっているけれど、もう一人、霧の武士の存在が重要。

 二柱の一つを失った世界は揺るいでしまい、徐々に崩れ始める。


「この世界の崩壊を意味しています」


 珠狐さんがそこまで言うと、霧が徐々にうねり出す。

 まるで生物のようで、すぐそこまで迫っていた。

 明らかな恐怖を覚えると、私は空が罅割れていることに気が付いた。


「そ、空が!」

「この霧が全てを飲み込んでしまう前に、急がないといけません。ですので!」


 珠狐さんは腕を上げた。

 手のひらをかざすと、何かを始める。

 妖術を使ってこの霧を追い払うのかな? そんな期待をしたけれど、全く違っていた。


「えっ、な、なんですかこれは!?」

『鳥居が集まって来たよ!』


 珠狐さんが腕を伸ばす。

 すると私の真後ろに鳥居が集まっていた。

 しかもただ集まっている訳じゃない。そもそも集まるって何だけど、鳥居の先が見えなくて、グニャグニャの世界が広がる。


「あれって、もしかしてワームホール?」


 何となくだけど、私が受けたワームホール攻撃に似ている。

 それが幾つも連なり重なることで、不安定を繋ぎ止めていた。


「この世界は間もなく崩壊します。強引ではありますが、鳥居を潜って戻ってください」

「そんなことして大丈夫なんですか!?」


 今この世界は崩壊の一途を辿っている。

 にもかかわらず、そんな無茶をしたら、この世界は耐えられない。

 あまり詳しくはないけど、物理法則的にやっちゃダメだ。

 何処かで反動が起きちゃって、この世界……


 ピキッ!


 始まった。私と珠狐さんとの間にある地面が避けた。

 大きな切れ目が生まれると、地割れのようになってしまう。

 飛び移ればまだ珠狐さんの下に戻れそうだけど、首を横に振っていた。


「崩壊が加速してします。結葉さん、急いでください」

「そんな、せっかく助かったのに」

「これも、私の背負った業です」


 珠狐さんは自分の背負った業を受け止めた。

 だから私を遠ざけようとしている。

 せっかく助かったのに。そんなのって辛すぎるよ。


「金狐さん、銀狐さん」

「「はい、お姉様」」


 珠狐さんは金狐ちゃんと銀狐ちゃんを見つめた。

 腰を落として、二人の目線に合わせる。

 二人共珠狐さんの言葉に耳を傾けると、緊張しているみたいでピシッとした。


「よく頑張ってくれましたね」

「「当然のことですお姉様」」

「ふふっ。本当に可愛いですね。……金狐さん、銀狐さん。最後のお願いです」

「「えっ?」」


 今なんって言ったの? 最後のお願いって聞こえた気がする。

 キョトンとした顔をする二人に対して、珠狐さんは伝えた。


「結葉さんを、導いてあげてください。そして、自由に生きてください。それが私の最後の願いです」


 珠狐さんは金狐ちゃんと銀狐ちゃんにそう伝えた。

 完全に全てを一人で背負う覚悟で、金狐ちゃんと銀狐ちゃんを突き放す。


 もちろんそんな子と受け入れる訳がない。

 金狐ちゃんと銀狐ちゃんは精一杯否定した。


「嫌です。私は、お姉様と一緒にいます」

「私もです、お姉様。お姉様が業を背負うのであれば、一緒に」

「ダメですよ。お言葉が嬉しいですが、これは私の罪であり業です。背負わせる訳にはいきません」

「「お姉様!!」」


 当たり前の反応だった。

 二人共珠狐さんのことが大好きなんだ。

 離れるなんて嫌に決まっている。完全に拒絶されてしまうと、大粒の涙を浮かべた。


「お二人はこの世界から抜け出せます。それだけの輪郭を与えています。他の魂とは違うのです。ですので」

「そんなの関係ないよ、お姉様!」

「そうです、お姉様。私達はお姉様と共に」


 同じ地獄を突き進もうとしている。

 凄く健気で、背中を押してあげたい。

 でもそれは、とても悲しいことで、珠狐さん本人が決して望んでいない。


「本当にありがとうございます。ですがお二人には生きる道があります。ですので」


 珠狐さんは妖術を使った。

 金狐ちゃんと銀狐ちゃんの体が宙に浮く。

 そのまま私の方へと放置投げると、受け止めたものの、反動で体が押し込まれる。


「うっ、珠狐さん!」


 私は珠狐さんに言葉を発する。

 体が地面から離れていて、何故か鳥居に引き摺り込まれる。

 重力でもあるのかな? 完全に引力に引かれていた。


「結葉さん、最後までご迷惑をお掛けします」

「そんなことどうだっていいです。珠狐さんも早く!」


 私は必死に手を伸ばす。

 だけど珠狐さんは絶対に取ってくれない。


「私の、大切な家族をお願いします」

「珠狐さーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」


 私は手を伸ばした。だけど届かない。

 ドンドン遠く離れていく姿に、仮面越しで涙を流す。

 徐々に崩壊していく霧の世界。珠狐さんは最後まで笑顔を貫くと、私は金狐ちゃんと銀狐ちゃんを連れて、鳥居の先。多重鳥居の向こう側へと姿を消した。

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