第4話

 その後私たちは無事結婚をし、度々ジャンヌさんの元へ訪れた。

 ジャンヌさんは変わらず素っ気ない態度だったが、私たちを邪険にはしなかった。

 おそらく、素直になれないだけで、嬉しいのだろう。

 私への態度も、別に仲良くしたくないわけじゃない。多分、姑というものが、世間一般的にあまり嫁に好かれないということを知っているのだ。

 レオンを女手一つで育て、レオンが自分を大切にしている自覚があるからこそ、自分ばかりにかまけて嫁を疎かにしないように気にしているのだ。

 それがわかって、私はジャンヌさんに好感を抱いた。

 だから、レオンが「そろそろ同居しないか」と言い出した時、私は反対しなかった。

 反対したのは、ジャンヌさんの方だ。


「何度も言ったろ。あたしは一人がいいんだよ」

「母さん。もう事情が変わったんだよ」


 レオンの言葉に、私も神妙な面持ちで頷く。

 ダイニングのテーブルを挟んで、ジャンヌさんも厳しい顔をしていた。


「聞いてるだろ。この国が、戦争を始めたって」


 そうなのだ。

 私たちの暮らすアドルベイユが、隣国のハンスロッドと戦争を始めた。

 まだ国境で小競り合いをしている程度で、このあたりまで影響はない。

 けれど、物資の流れには既に影響が出始めている。薬を扱うジャンヌさんなら、知らないはずがない。


「戦争なんて、あたしは何度も経験してる。今までだって生き抜いてきた。これからも、問題ないさ」


 その言葉に、どきりとした。

 ジャンヌさんは、何百年も生きているという話がある。本当だとしたら、確かに、戦争も経験しているだろう。

 普通なら眉唾だと思うような話だが、私には否定しきれない。

 だって、私自身が有り得ない存在だから。

 前世の記憶がある転生者、なんて、誰も信じやしないだろう。レオンにも話していない。

 だからジャンヌさんも、本当に不老不死の魔女なのかもしれない。

 そうだとしても。今は、レオンの母であり、私の義母だ。


「ジャンヌさん。戦争を経験したなら、尚更、わかるはずです。家族を心配する気持ちが。レオンさんの気持ちが。さすがにこの状況では、私もあなたを一人にしていいとは思えません」


 戦争なんて、いつ何があるかわからない。

 可能な限り家族の側にいたいと思うのは当然だ。

 じっと見据える私に、ジャンヌさんは暫く無言を貫いた後、根負けしたように深く溜息を吐いた。


「レオンだけなら言い包められたんだが、あんたは手強そうだね」

「はい。なので、諦めてください」


 にっこりと微笑んだ私に、ジャンヌさんは渋々同居を了承した。




 そして、私とレオン、ジャンヌさんの同居が始まった。

 決まったら決まったで、ジャンヌさんは遠慮なくレオンをこき使っていた。やはり男手があった方が助かるのだろう。

 家事は私とジャンヌさんで分担。宣言通り、料理も教わっている。薬草が多いからか、ハーブを使った料理が得意なようだった。

 夕食のスープを煮込みながら、立ち昇るローリエの香りを吸い込む。


「やっぱり、ジャンヌさんの薬草園で採れたハーブは香りが違いますね」

「お世辞を言ったって何も出ないよ」

「期待してませんよ」


 可愛くない言葉に、ジャンヌさんがふんと鼻を鳴らす。

 そんな態度は慣れたもので、気にせず鍋をかき混ぜる。

 全く怯まない嫁を横目で見て、ジャンヌさんが手を止めずに話しかける。

 

「あんたたち、仲良くやってんのかい」

「ええ、おかげさまで」

「たまには街に泊まってきたらどうだい」


 きょとん、としてジャンヌさんの顔を見ると、彼女は平然とこう言った。


「あたしがいたら、なかなか子どもが持てないだろう」

「へっ!? あ、あー、そういう」


 動揺してしまったが、ジャンヌさんは全く気にしていない。

 さすが、年季が違う。

 変な話ではない。結婚したなら、子どもを産む。この世界では、当たり前のことだ。

 でも正直なところ、私は子どもが欲しいと思っていない。

 産まなきゃダメだろうか、と知らず眉間に皺が寄る。

 その表情で察したのか、ジャンヌさんが小さく溜息を吐く。


「まあ、結婚したばかりだしね。すぐには考えられないかもしれないが……。こんなご時世だから、産む気があるなら急いだほうがいい」

「え?」

「戦時なんて、何が起こるかわかったもんじゃない」


 ジャンヌさんの言葉には、重みがあった。

 息を呑んで、ジャンヌさんを見つめてしまう。

 戦時。そう、実感はまるでないが、今は戦時中なのだ。

 レオンだって、いつ徴兵されるかわからない。そうなれば、もうレオンとの子は望めなくなる。

 急いだほうが、とはそういうことだろう。


「……ジャンヌさんは、孫が欲しいと、思いますか」

「あたしに聞いてどうするんだい」

「大事なことでしょう」

「関係ないね。子どもを産むのはあんただ。孫なんていようがいまいが、あたしは何にも変わらないさ」


 平然と答えるジャンヌさんに、私は微笑んだ。

 きっとこの言葉は、強がりなんかじゃない。私が子どもを産まなくても、ジャンヌさんは私を蔑んだりしないだろう。

 私の意思を尊重してくれる。この人が義母で良かった。


 そんな会話をしたので、夜部屋に二人きりになってから、レオンにも相談してみた。


「子どもかぁ……。どっちでもいいかな」

「は?」


 思わず強めの言葉が出た。は?

 産めと言われるのも腹立つが、欲しいとか欲しくないとか、そんな希望もないのかこの男は。

 私の怒気を感じ取ったのか、ベッドの上で、レオンは慌てて手を振った。


「ち、違う違う、どうでもいいわけじゃなくて!」

「ならどういうつもりだこら」

「怖いって! その、産むのはマリーだしさ。それに……今産んでも、俺は一緒に育てられるかわからないから」

「なんでよ」


 問い返すと、レオンはばつが悪そうな顔で黙った。

 視線で促すと、渋々といった様子で口を開く。


「まだ、母さんには言うなよ」

「なに」

「……軍の、募集が出たんだ」

 

 呼吸が止まった。

 なんの、なんて。聞かなくてもわかる。


「まさか、行く気じゃないでしょう?」


 またレオンが黙る。

 急激に血の気が引いて、それからかっと上がっていく。

 レオンの胸倉を掴んで、持ち上げられなかったので、全体重をかけてベッドに押し倒した。


「戦争に行くなんて、絶対許さないから!」

「戦ったりはしないよ。後方支援だけだ、そんなに危なくないって」

「戦地が危なくないはずないでしょう!」


 馬鹿じゃないのか、この男は。

 せっかく、安全な場所にいるのに。家族と住めているのに。

 なんのために同居したのか。

 まさか。


「私に……お義母さんのこと任せたら、もう安心ってこと?」

「そういうわけじゃ」

「言っとくけど、レオンが戦地なんか行ったら、私この家出てくから。あんたが遺したものなんて、一つも要らない。子どもだっていらない!」


 言い捨てて、私はふて寝した。

 泣きそうな顔を、見られたくなかった。

 レオンは暫くの間何か言いたそうにしていたが、やがて諦めたのか、明かりを落として眠りについた。

 ふざけんな。自分から死にに行こうなんて。

 自分の命を何だと思ってんだ。私のことを何だと思ってんだ。家族を、何だと思ってんだ。

 これだから男ってやつは。

 絶対に許してやるものかと、怒りがおさまらなくて、私はその晩なかなか寝つけなかった。

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