嫁と姑、二人暮らし。夫はいない。

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

第1話

 北の森に、魔女がいた。

 たまに街まで薬を売りに来るが、ほとんど言葉を交わすこともなく、人々に気味悪がられていた。

 老婆の姿をしていたが、何年もずっとその姿で、不老不死なのではないかと噂が立っていた。

 長らく一人きりでいた魔女だったが、ある日薬草取りから戻ると、家の前に籠が置かれていた。

 街の住人の嫌がらせかと中を覗き込んだ魔女は、腰を抜かした。

 そこに入っていたのは、人間の赤子だった。

 籠に入れられたカードには、こう書かれていた。


『訳あって、育てられなくなりました。この子の名前はレオンです。勇敢な父親と同じように、強く育つように。どうか、よろしくお願いします』


 魔女は大層腹を立てた。人の家の前に人間を捨てていくとは、何事か。

 魔女にも親という存在はいたはずだが、もう何百年も昔に死んでおり、親という存在が何をするのか、さっぱりわからなかった。

 それでも、人体には詳しかった。魔女は薬を操る生業であるから、医術も習得しているのが常だった。

 一度魔女の家に捨て置かれた赤子。例え街に連れて行ったところで、街の人間からは忌み嫌われてしまうだろう。

 魔女は、仕方なく自分で赤子を育てることにした。

 女手一つで、二十年。一人では何もできない赤子が、立派な男子に育つまで。




「そうしてできあがったのが、俺ってワケさ」


 どん、とレオンが厚い胸を叩く。自慢げなその姿に、私は苦笑した。


「素敵なお母様ね」

「ああ、母さんには苦労をかけた。だから、こんなに素敵な嫁さんと出会えたって、早く報告したいんだ」


 うきうきした様子が隠せないレオンに、私は表情だけは笑顔をたもった。


(拾った子どもを、一人で育てた母親……しかも魔女。執着強そ~)


 内心げんなりしながら、手土産の焼き菓子を確認する。足取りが重い。

 レオンの実家だという森の家まで、私たちは今徒歩で移動している。

 気分が落ち込むのも許してほしい。なぜなら、私はこれから、恋人の母親に結婚の挨拶に向かうのだ。

 嫁と姑なんて、どこの世界でも水と油の関係だろう。

 どこの世界でも。

 ――私は、転生者、というやつである。

 頭のおかしいやつだと思われるかもしれないが、私には前世の記憶がある。

 私は令和の日本で暮らしていた。そして、いわゆるバリキャリというやつだった。

 仕事一筋、男なんて要らないと思っていたし、実際要らなかった。自分の稼ぎだけでマンションの契約もできた。ところが、まだローンが残っていたのに、私は事故で死んだ。

 気がついたら、この世界で赤子に生まれ直していた。

 令和の子どもは昔よりずっと生きやすくなっているし、人生やり直しでもまあいっか~なんて気楽に考えていたら、とんでもない。

 この世界、時代が逆行したのかってくらい、文化や技術が古い。しかも日本じゃない。私は海外に行ったことがないが、薄い知識で推測すると、フランスっぽい気がする。ニア。多分。

 何が一番腹立つって、男尊女卑が健在だということだ。女一人じゃ外食もまともにできない。

 女は結婚して子どもを産むのが当然で、進んで独り身でいようなんて女は、異端者くらいの扱いを受ける。

 そこまでの環境の中で育てば、私も男なんか要らないとは言えない。アウトローでいたいわけじゃないのだ。

 よって、普通に恋をして、男の中から比較的女性蔑視が少ないやつを選んで、結婚までこぎつけたのである。

 しかし、その女性蔑視が少ない原因が、父親がいないからだとは思いもよらなかった。

 まさか捨てられた子で、育ての親が魔女だとは。

 魔女というのは、いわゆる渾名みたいなものなのか、それとも女の薬学者を魔女と呼んでいるのか。実態はよくわからないが、森の奥深くに、女一人で暮らしているのだ。変わり者であることは間違いない。

 うまくやっていける気がしない、と思いながらも、レオンは育ての親である魔女のことを大層大事に思っている。うまくやらねば、レオンを失いかねない。

 気をつけてはいるものの、私も度々変わり者扱いされてしまう女だ。レオンを逃したら、他の男が捕まるかわからない。

 私は、レオンと同じニ十歳。十代で当たり前のように嫁いでいく世界で、そろそろ危ない年齢である。もう後がないのだ。


「ついたよ、ここだ」


 緑に囲まれた中に、その小屋はあった。

 魔女が住んでいるなどというから、暗い雰囲気を想像していたが、木漏れ日が差す明るい場所で、随分とメルヘンな印象を受ける。

 

「ただいまー! 母さん!」


 レオンは全く臆することなく、ドアを開けてずかずかと中へ入っていく。

 いや、そりゃ実家なんだから当たり前か。それにしたって、ちょっとは私に心の準備をする時間をくれ。

 悪いやつではないのだが、なんというか、そういう細かい配慮には欠ける。

 慌てて後ろをついていくと、家の奥から一人の老婆が現れた。


「まったく、そんな大声出さなくたって、聞こえてるよ」


 しわがれた声の老婆は、いかにもな黒いローブのフードを取ると、私に視線を向けた。

 目が合って、どきりとする。

 次いで、違和感。


(――なに?)


 目の前にいるのは老婆だ。

 しわくちゃの顏。曲がった腰。ぱさぱさの白髪。

 だというのに、その瞳が、いやに生気を感じた。

 しかし、その光はすぐに鳴りを潜めた。


「二人とも、突っ立ってないで座りな。今お茶を淹れるから」


 ひょこひょこと歩く姿は、やはりただの老婆に見えた。


(……気のせい?)


 嫁を見定める姑の目を、怖く感じただけだろうか。

 私はレオンに案内されて、ダイニングの椅子に腰掛けた。

 魔女を待つ間、私はぐるりと家の中を見回す。


(……いい部屋)


 そんなに広くはないものの、家の中は温かみのある空間だった。

 全体は木製の家を活かした茶色をベースに、手織りだと思われる敷物や、刺繍の入ったカーテン。

 あちこちに草花があるのは、観賞用なのか、実用も兼ねているのか。けれど、雑多ではない。

 壁に飾られている絵は、子どもの落書きのようなものがあり、おそらくレオンが描いたものだ。

 レオンはもう大人だというのに、小さなおもちゃがいくつか飾られている。片付けていないということは、あれらはお気に入りだったものなのかもしれない。

 部屋には人柄が出る。魔女は、思い出を大切にする人なのだ。

 強張っていた気持ちが、少し解れた。

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