「ね、ヒロトはもし本当に鬼が出たらどうする?」
小さい頃、有紗と一緒にお化け屋敷に行ったことがあった。遊園地の片隅にあるような、言い方は悪いけどどこにでもありそうな感じのお化け屋敷だ。
中は暗くて、ちょっと肌寒いくらいの温度で、狭い通路を歩いて……。
死角になるようなところから幽霊の人形が飛び出てきたり、大きな音が鳴ったり、妖怪が這いずり出てきたり。
その中で一番印象に残っていたのが「鬼」だった。
「昔の人は鬼と戦ったりしてたんだって」
「そうなの?」
お化け屋敷で珍しく怯えたように僕の手を握っていた有紗は、鬼の人形を見た時にそんなことをぽつりと漏らした。
その時の鬼は、絵本の中に描かれているような虎柄の腰布と、巨大な体躯に額に生えた角。それから手に握りしめた金棒が印象的な鬼だった。
「うん。武士とか、陰陽師? って人たちが戦って、みんなを守ってたんだって」
「こんなのと戦えるの……?」
その時の僕はただの子供だったから、目の前の鬼の人形を見てそんな感想を漏らした。
だって鬼の人形は僕たちよりもよっぽど大きくて、普通の大人の人よりもさらに大きかったから。子供からしてみれば巨人と変わりない。
「ね、ヒロトはもし本当に鬼が出たらどうする?」
有紗は相変わらず僕の手を握り締めながら聞いてきた。
その声はどこか震えているように聞こえて……お化け屋敷で怖がっているというには、なんだか違うような気がした。
だから僕は有紗を安心させるために、手をギュッと握り返した。
「その時は、僕が有紗を守るよ!」
鬼がいるなんて思ってなかったし、そもそもその時は僕なんかよりもまだまだ有紗の方が何事もそつなく上手くこなせていたような時期だったけど。
僕が有紗を守りたいと思った気持ちは本当だったんだ。
「――ふふっ。それじゃヒロトにはもっと強くなってもらわないとね。今のままじゃ少し頼りないわ!」
「任せてよ!」
偽物の鬼の人形の前で交わした約束。
有紗はもう忘れてるかもしれないけど、僕はずっと覚えているよ。
あの時感じた想いも。
横から覗き見た、有紗の表情も。
鬼は僕の顔を見るなり、何故か脱兎のごとく逃げ出した。脇目もふらずに一目散だ。
「あっ――ちょっと待ってよ!」
あまりの逃げっぷりに、思わず声をかけてしまう。
鬼に言葉って通じるのか? いやでも絵本とか民話とかだと鬼って結構喋ってるし、通じるんじゃないかな? なんてことを考えてしまった。
そんなことを考えてしまうくらいには素早い逃げ足だったから、びっくりしてしまったのだ。
いやだって、向こうの世界の魔物ってあんまり逃げ出したりとかしなかったし……。
鬼が視界から消えてしまう前に、足に力を込めて鬼を追いかけ始める。
鬼の逃げ足はハッキリ言ってめちゃくちゃ早い。異世界に召喚される前の僕だったら絶対に追いつけなかったはずだ。というか今でも純粋に走っただけじゃ追いつけない。
だから魔法で身体能力を上げて追いかける。正直追いついたところで何をしようかなんてことは何も考えてなかったけど、目の前で逃げ出されたら追いかけたくなるのが人間ってものじゃない?
住宅街の路地をとんでもない勢いで走って行く鬼。それを追いかけ回す僕。傍目に見たらどっちが悪そうかなんていうのは……まあ……。
「な、なんで追いかけてくるんだよぉ!」
鬼との距離を詰めてもうあと少しで追いつけるというところで、そんな声が前方から聞こえた。
男とも女とも取れるような中性的な声。今ここには僕と鬼しかいない。
つまり――その声は鬼の発した声ということで。
「君が人の顔を見るなり逃げるからでしょ!」
鬼、喋れるんじゃん!
そう思った僕は即座に鬼に返事をした。
「お、お前みたいな化け物見たら逃げ出すに決まってるだろ、普通!」
「いやそれ僕が言うべきセリフじゃないの?」
僕が化け物だなんてそんな。有紗からは「ヒロトってなんか人畜無害そうな顔してるよね」なんて言われたこともあるのに。
ていうか普通鬼が化け物側であって、人間である僕が逃げるのが自然なんじゃないの? いやまあ逃げたりしないけどさ。
「そんなバカでかい得体の知れない力を持った人間なんて見たことないぞ! お前が人間だなんて信じられるか!」
「僕だって今まで鬼なんて見たことないけど!?」
そう叫びあっているうちに、鬼に追いつく。
鬼の方に手を置いてグッと力を込めて急停止させる。その勢いを使って、僕は手を置いた鬼の肩を起点にぐるっと宙を回って鬼の正面に着地した。
「――これでもう逃げられないね」
「ひ、ひいいいぃぃぃ……!」
鬼を怖がらせないようにニッコリと微笑む僕。そんな僕を見て恐怖に震える鬼。
……いや、やっぱどう考えてもおかしいよね? これ。
「名前は? 鬼って名前ってあるの?」
「ば、バカにするな! 鬼にだって名前くらいあるに決まってるだろ!」
「そっか。まあそうだよね。なかったら不便だろうし」
そんな感じで、追いついた鬼にいろいろと質問をしていった。
鬼の名前は「アカバネ」。年齢は不明。結構長生きではあるらしい。
男か女かはよくわからない。鬼には明確に性別という概念が無いらしい。自分の好きな性別になる鬼もいれば、特にそういったことに頓着しない鬼もいたりといろいろいるみたいだ。
「路地で何しようとしてたの?」
「……言ったら殺したりしない?」
「悪いことしようとしてたんだ?」
「……そりゃ人間から見たら悪いことかもしれないけど、鬼にとっては必要なことなんだ」
バツの悪そうなアカバネが言うには、人間から精気を吸い取ろうとしたらしい。それが人間でいうところの食事と同じ行為で、鬼にとっては生きていくために必要なことなんだとか。
まあ異世界にも人の精気を吸って生きている魔物がいたから、別にそう言われて驚くようなこともない。うん。まあ、非日常的な体験なのは間違いないけど。
「それって精気を吸われた人って死ぬの?」
「吸われ過ぎたらそうかもしれないけど、そんなとこまで吸う鬼はめったにいないよ。人が死んで陰陽師に目を付けられたらたまったもんじゃないし。ちょっといつもより疲れたなって思うくらいだよ」
「……陰陽師って現代にもいたんだ」
「そりゃいるよ。お前陰陽師知らないのか? そんなバカでかい力持ってるくせに」
そう言って馬鹿にしたような顔を向けてくるアカバネ。
怯えたり馬鹿にしてきたり、感情の上下が激しいんだな、鬼って。
今まで知らなかった世界がいきなり顔を見せてきて、僕はなんだか頭が痛くなるような気がしたのだった。
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