第4話 わかりやすい彼女

『会話が続いた人の中で、会ってみたいなって思ったのが森さんでした』


 そんなことを言われて、俺はさらに質問を投げかけた。


「じゃあ……まだ他に会いたいなって思った人はいないってことですか?」


「そうですね。私が……ヘタクソなのかなぁ。森さん以外の方とは、『本日もお日柄が良いですね』みたいなやり取りが続いて……だんだん、世界平和を望む方が出てきたり、宇宙の神秘について語り始める方がいたりで……」


……確かに、あんなに堅苦しい文面からはじまったのなら、相手の人も真面目タイプならそうなるのかもしれない。


 マッチングアプリ利用者の中には恋愛経験がない人もたくさんいるのだろうし。深雪先輩は……なさそうだもんなぁ。


「はは。世界平和に宇宙の神秘かぁ。それは壮大ですね」


「あの、そういう森さんは、どうなんですか? 他の方と会ったり」


「ああ、僕は全然です。あまり活動的に使ってないというのもあるんですけど、なんせ後ろ姿しか載せてないですから。いいねが返ってくることも、送られてくることも稀です」


「そうなんですね」


 ユイさんは分かり易く安堵の色で顔を染めた。口元なんて綻んでいて嬉しそうだ。その口元の色も、いつものくっきりした口紅ではなく、ふわりと柔らかい艶のあるリップが乗せられていて、愛らしいなぁと思う。


 いつもの深雪先輩は美人だけれど、俺はこっちの方が好みだなぁ。


「そういえば、ユイさん、メイクの練習しておくって言ってましたけど、大成功ですね。良く似合ってます」


 そんなことを思っていると、つい、そんな言葉が漏れ出てしまった。


「あ、ほんとですか? よかったぁ。普段のメイクと違うから、結構不安だったんです。自分では違和感があって」


 ユイさんの耳が、ふわっと赤くなった。口元はさらにゆるゆるになって、目も細くなっちゃって。照れながら喜んでるの、顔に出すぎなんだけど?


「へぇ? 普段のメイクはどんな感じなんですか?」


 知っているけれど、敢えて聞いてみた。なんて答えるんだろう。ちょっとわくわくしてしまう。


「えっ!? ふ、ふだん!? えっと……」


 すると明らかに目が泳いで動揺しはじめた。……分かり易過ぎる。仕事の時は割とポーカーフェイスでデキルオンナ感バリバリなのに。こと恋愛になるとこうも違うのか。


 けれどウソもつけないようで、恥ずかしそうに話しはじめた。


「仕事の時は……精一杯キリっと見えるようにメイクしてます。新人だった時、あまりにもポンコツ過ぎて、先輩にたくさん助けてもらったんですけど、その先輩が、『仕事の時は、自分がデキルオンナだって思い込んでそう演じたらいいのよ』って言ってくれて……自分なりにデキルオンナに見えるメイクや服装を研究しました」


(真面目かよっ!!)


 心の中でツッコミつつ、ちょっと笑ってしまった。深雪先輩のあの装いにはそんな裏話があったんだ。


 と、言うことは。仕事での深雪先輩の方が作ってて、今日のユイさんの方が彼女らしいってことなんだろうなぁ。


 けれど、仕事の時の深雪先輩は、俺から見てもしっかりとした『デキルオンナ』って感じだし、その裏で相当努力を重ねたのかもしれない。


「へぇー。仕事の時のユイさん、見てみたいなぁ?」


 ちょっと意地悪だったかなと思いつつ、ほんのイタズラ心で言ってみた。深雪先輩はどんな反応をするんだろう。


「へっ!? えっと……」


 するとさらに目を泳がせて動揺しはじめた。やっぱりユイさんは、自分が深雪唯奈だってバレるのは恥ずかしいんだろうな。だったらうまく嘘ついて誤魔化してもいいものを。――素直なんだから。


「はは。冗談ですよ。そんなに困った顔しないでください。あ、飲み物がもうないですね。なにがいいですか? ドリンクバー、取ってきますよ」


 そう言って俺が立ち上がると、彼女も慌てるように立ち上がった。


「え、でもっ悪いです。私がいきます!」


「何言ってるんですか。靴擦れ、してるでしょ? こういう時は、誰かに甘えるのもいいと思いますよ?」




「お待たせしましたー」


「あ! ありがとうございます」


 俺は頼まれたアイスティーをユイさんに手渡すと、席に着いた。


 するとユイさんはシロップとミルクを入れたグラスをマドラーでくるくると混ぜながら、ふと俺を見つめて聞いてきた。


「……そういえば……森さんは、なんで『森』って名前にしたんですか?」


 その質問に、ふふっとなる。俺の本名を知ってるからこそ、気になるのかもしれない。いや、むしろ下の名前を知らないからこその質問なのだろうか。


「ああ、僕の本名、大杉樹って言うんです。『が多すぎたら、それはもう、森じゃん?』って思って。森って名前にしました」


「ああ!!」


 深雪先輩は、やっとスッキリしたというような顔を浮かべて納得した。よほど気になっていたようだ。


「ふふっ。おもしろーい。そっか。そういうことかぁ!!」


 そして花が綻ぶように微笑んだ。……笑った顔も、可愛い。


「はい、そういうことです。ちょっとした遊び心だったんですけど、笑ってもらえて何よりです」


 けれど深雪先輩は、笑った後にハッとした顔をして分かり易く青ざめた。俺の本名を聞いたのだから、自分も名乗るべきだと思ったのかもしれない。でも、先輩、自分が深雪唯奈だとバレたくなさそうだしなぁ……どうするのだろう。

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