第19話 冬のお茶会

 さぁ、とハプが笑顔で言って、ふと黙った。3人がハプを見ると、ハプは少し切なそうに笑った。


「『冬のお茶会を始めましょう』って、言おうと思ったんだけれど。躊躇とまどっちゃった。これが最後のお茶会だと思うと、なんだか寂しいわね」


 ふぅ、とため息をつくハプに、3人も頷く。


「たった1日だったけれど、僕はなんだか皆と1年を共に過ごしたような気持ちだよ」


 ツラノが、ひとりひとりの顔を見る。


「本当に。時間ってのは不思議なものだね」


 ロアがツラノの言葉に頷きながら、1人ずつと目を合わせる。


「私もそう思います。とっても不思議で、とっても素敵な時間でした」


 ナナは3人に微笑んだ。


「あらナナ、まだ終わってないわよ! さぁ今度こそ、冬のお茶会を始めましょう!」


 ハプがそう言って、ポットからティーコーゼを外した。温まった厚手のガラスのマグカップに、トップリトップリと冬のお茶が注がれる。湯気が、夜空に吸い込まれるように立ち登っていく。


「いただきます」


 4人は微笑み合って、それからお茶を飲み始めた。


 温かいガラスマグカップに口が着く直前。香りの湯気が、閉じた瞼を撫でて、温める。果物が熟して自然とお酒になった。そんな、深く、まろやかな香り。自然と体が深呼吸をする。そしていよいよお茶を口に含めば、ホットワインを思わせる、厚みのあるコク。アクセントに少しの渋み。フルーティな味わい。温まる体と共に、心も深く呼吸をする。


 ナナは目を閉じたまま、お腹の火が大きく膨らむのを感じた。


「…… ホッとするわねー」


 ハプが呟いた。


「本当に」


 ロアがうっとりと答え、ナナも頷く。


「鍋を開けてもいいかな」


 ツラノが手を擦り合わせて、お茶請けの入った鍋をワクワクと見つめる。そのツラノを可笑しそうに見つめるハプと、呆れ笑顔のロア。


「ふふふ」


 ナナはそんな3人を見て笑う。


「楽しみでつい」


 ツラノは目を丸くして、極まり悪そうに歯を見せて笑った。


 ツラノの言葉に、ロアが自信ありげにニヤッと笑う。


「それはそうでしょうとも」


 ロアが鍋の蓋を開けると、中には8種類のクリームが。


「色んなナッティやたなつものから作ったクリームだよ。軽い口当たりながら、程よく濃く作ってある。お茶に入れても良し、そのまま食べても良し」


「クリームティーか!いいね、僕はそうしよう」


「私もそうするわ」


「私も」


 ロアが3人に微笑みながら、横長のプレートのお皿を並べる。


「それじゃあまずは、少しずつ全部の種類を味見して。それで気に入ったのがあったら、クリームティーにするといい」


 ハプがそれぞれ8種類のクリームを少しずつプレートに乗せた。


「さて、いただきます!」


 ツラノがそう言って、みんなでクリームを口に含んだ。


 クリームは、鍋の中に入っていたおかげで、ちょうど良い温度に保たれていた。熱くもなく、冷たくもなく。お茶の温度に影響しない温度。ナナは、ふんわりと舌の上に乗せた。ロアが言った通り、上顎に押されて広がる軽さの中にも、濃厚さがある。それぞれに風味がとても豊かで円やかなクリームだった。


 8種類のクリームを試し終わった4人は、お互いに顔を見合わせた。


「これは選べません」


 ナナが真剣にそう言うと、3人が微笑んで頷いた。


「本当に。どうしようかな。全部のクリームを入れて楽しむのには、お茶が足りないし。かと言って、全部のクリームを混ぜるのはなんだか勿体無いし」


 うーん、と唸るツラノ。


「欲張ってたくさん作っちゃったからね」


 ロアも、少し困ったように眉を上げる。


「お茶を挟みながら、それぞれのクリームをいただこうかしらね」


 ハプは少し迷うようにお茶とクリームを交互に見つめた。


「あ」


 そこでふと、何かに気がついたように呟くナナ。


「クリームを口に含んで、お茶をいただけば、口の中でクリームティーになるんじゃないですかね」


 ナナの言葉を聞いて、3人の顔がパッと輝いた。


「それだ! カップの中でクリームティーでなくても、味わう時にクリームティーであれば良いんだもんね」


 ツラノがそう言って、早速口にクリームとお茶を口に含む。それから口の中でころがすように味わって、頷きながらごくんと飲み込んだ。


「うん、これは良いよナナ!」


 ハプとロアもツラノに続く。


「本当、これは良いわね!」


「うん! これは良いアイディアだね」


「えへへ、良かったです」


 ナナは、嬉しくて、お腹の火の先がポッポッと小さく飛ぶのを感じた。


 夜が深まってゆく。お茶やクリームが残り少なくなると、ますます名残惜しい気持ちが4人を包む。少しだけのんびりと、4人は大切に最後のお茶会を過ごしたのだった。

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